高山有紀『中世興福寺維摩会の研究』概要と感想~興福寺の学僧たちは何を学び、どのように研鑽を積んでいたのか

高山有紀『中世興福寺維摩会の研究』概要と感想~興福寺の学僧たちは何を学び、どのように研鑽を積んでいたのか
今回ご紹介するのは1997年に勉誠社より発行された高山有紀著『中世興福寺維摩会の研究』です。
早速この本について見ていきましょう。
本書は先行研究の乏しかった興福寺維摩会を直接扱う初めての研究書である。「総論」では中世寺院社会の構造と教学を論じ、さらに興福寺維摩会の成立と構成について概観する。第1部・第2部では、維摩会の軸となる講問論義と竪義論義の内容と意義を明らかにする。第3部では維摩会を主催し、竪義論義の出題を行う探題の機能について考察する。第4部では維摩会の研究に不可欠と考えられる未刊の史料を翻刻しその意義を論じた。
Amazon商品紹介ページより

本書は中世奈良の興福寺の学問僧が何を学び、どのように研鑽を積んでいたかを知るのにおすすめの研究書です。
私がこの本を手に取ったのは以前の記事で紹介した上島享著『日本中世社会の形成と王権』がきっかけでした。その記事の中でもお話ししたのですが、中世の興福寺や延暦寺などの大寺院では僧侶による学問研究が非常に高い水準で行われていました。せっかくですのでその解説をここでも引用します。
一〇世紀後半以降、寺院は多様な階層を取り込み、学侶、行人・堂衆、承仕・公人といった中世寺院を構成する諸階層の形成が進む。
公卿の子弟の入寺も相次ぎ、身分的には貴種が学侶の最上層部を担った。鎌倉期の興福寺では、維摩会の竪者は「良家分」と「凡人分」に分かれ、「良家分」には貴種・良家出身者が二十歳前後で選ばれたのに対し、「凡人分」には寺内法会で研鑽を積んだ五十歳前後の学僧が選ばれている。貴種・良家出身者は若くして維摩会講師を勤め僧綱へと昇進し、やがて別当となる。
院政期以降、寺内での身分は世俗での出身身分にほぼ対応し、寺院の世俗化が進んでいく。それにともない、竪義をはじめとする諸法会が持っていた、学僧の教学研鑽の場としての意味が形骸化したようにみえる。
しかし、貴種・良家出身者は若くして三講など朝廷の論義会の講師を勤めるが、講師は南都・天台の学僧や公卿など多くの者が見守るなかで、自己の経論解義能力を披露するわけで、僧侶としての資質そのものをさらけ出すことになる。良家出身者でもその勉強量は驚く程で、彼らは日常的に竪義を頂点とする寺内の論義会で研鑽を積んでいた。また、貴種には、しかるべき学僧が師範となり指導にあたっていた。
院政期以降、寺内では世俗身分に対応した僧侶養成が図られるが、経論解義を重視した養成が行われていたことには変わりない。貴種であれ、「学」の研鑽を積み宗教者としての資質を備えていてはじめて学僧たりえたことを忘れてはならない。
名古屋大学出版会、上島享『日本中世社会の形成と王権』P448-449
ここで語られる「貴種・良家出身者は若くして三講など朝廷の論義会の講師を勤めるが、講師は南都・天台の学僧や公卿など多くの者が見守るなかで、自己の経論解義能力を披露するわけで、僧侶としての資質そのものをさらけ出すことになる。良家出身者でもその勉強量は驚く程で、彼らは日常的に竪義を頂点とする寺内の論義会で研鑽を積んでいた。また、貴種には、しかるべき学僧が師範となり指導にあたっていた」というのは非常に重要な指摘です。
仏教史だけでなく日本史を習う際、よく私が耳にしていたのは平安時代の仏教は貴族が入ってから堕落し、そうした堕落状態に反発して鎌倉仏教が生まれてきたというものでした。何も知らなかった頃はそうした教育に全く疑問を持つことなく受け入れていましたが、日本史や仏教史を学べば学ぶほど平安仏教堕落説が実態と異なっていることを知りました。こうした歴史観は戦後のマルクス主義が日本史学に大きな影響を与えていたことが本書冒頭でも説かれています。つまり、上流階級たる貴族や体制側が悪で、武士や農民が革命主体たる善であるという考え方ですね。
この考え方が日本歴史学において全く成立しないことは本書だけでなく多くの本でも説かれていますのでここではこれ以上はお話しできませんが、重要なことは「貴種であれ、「学」の研鑽を積み宗教者としての資質を備えていてはじめて学僧たりえたことを忘れてはならない。」と著者がまとめている点です。
いくら上流貴族の息子だからといって、僧侶として厳しい研鑽を積んでいなければ僧侶として認められない世界があったのです。貴族に生まれたから楽して偉い僧侶の地位で安穏としていられるなどという甘い世界ではなかったのです。
それこそ「貴種・良家出身者は若くして三講など朝廷の論義会の講師を勤めるが、講師は南都・天台の学僧や公卿など多くの者が見守るなかで、自己の経論解義能力を披露するわけで、僧侶としての資質そのものをさらけ出すことになる。」という著者の指摘は僧侶である私にとっては痛いほどわかります。
私は貴種でも何でもありませんが、儀式執行というのはとにかくおっかないものなのです。多くの人が見ている中で絶対にミスすることができない緊張感・・・。しかも朝廷の最高レベルの儀式の内容となるとその難易度は想像するだけでめまいがします。これは並みの鍛錬でできるものではありません。
また、当時の儀式は経典の内容を議論することが主であったため、深い学識が要求されます。付け焼刃の知識では全く太刀打ちできないレベルです。だからこそ「良家出身者でもその勉強量は驚く程」だったのでしょう。
本書『中世興福寺維摩会の研究』ではその勉強内容や維摩会の具体的な作法や内容などを詳しく見ていくことができます。あの解脱房貞慶もこうした興福寺の高度な学問環境の中で圧倒的な力を示した人物です。そう考えると、貞慶のすごさがさらに浮かび上がってくるように感じられました。
本書はかなり専門的な内容ですので初学者には厳しいですが、当時の仏教界の雰囲気を知りたい方にはものすごくおすすめな一冊です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
以上、「高山有紀『中世興福寺維摩会の研究』概要と感想~興福寺の学僧たちは何を学び、どのように研鑽を積んでいたのか」でした。
Amazon商品紹介ページはこちら
前の記事はこちら

関連記事







