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高島正人『藤原不比等』概要と感想~鎌足の息子で日本の律令政治を進めた稀代の政治家のおすすめ伝記!

藤原不比等
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高島正人『藤原不比等』概要と感想~鎌足の息子で日本の律令政治を進めた稀代の政治家のおすすめ伝記!

今回ご紹介するのは1997年に吉川弘文館より出版された高島正人著『藤原不比等』です。

早速この本について見ていきましょう。

国の将来をになう政治家となるため、父鎌足によって幼少のころより英才教育を受けた稀代の大政治家。大宝・養老律令の編纂をはじめ、銭貨の鋳造、年号の使用、文字・学問の普及など、その高邁な識見と卓越した指導力によって律令政治の実施に尽力する。また皇室との姻戚関係を深め、藤原氏繁栄の礎を築く。不比等の政治と生涯を描く本格的伝記。

紀伊國屋書店商品紹介ページより
藤原不比等(菊池容斎・画、明治時代)Wikipediaより

藤原不比等(658-720)は大化の改新で有名なあの中臣鎌足(藤原鎌足)の息子で、奈良時代の日本を代表する政治家です。

この藤原不比等という人物については私も大学受験の日本史で暗記した記憶があります。ただ、受験で日本史を選択した方以外には馴染みの薄い存在なのではないでしょうか。

私個人にとってもこの人物が奈良時代の律令政治の方向性を決定づけた政治家というイメージはありましたが本書を読んで驚きました。この藤原不比等というのは私たちの想像をはるかに超える大人物だったのです。

本書冒頭で著者は不比等について次のように述べています。

明治時代以降、大化改新はわが国の歴史的な大事件として認識され、大化改新の主役を演じた中大兄皇子(天智天皇)と中臣連鎌足は歴史的大人物として喧伝されてきた。

しかし鎌足の子、中臣連史なかとみのむらじひと(本書の主人公藤原朝臣不比等ふじわらのあそんふひと)についてはあまり知られていない。せいぜい養老律令の編纂者などとして、高等学校や大学入試の受験対象としてその名が知られている程度である。

たしかに鎌足は若くして政治に志を立てた優秀な人物である。しかし、父母に政治家になるための教育や訓練を受けたわけではなかった。これに対して藤原不比等は、わが国の将来を背負う優秀な政治家となるために、父鎌足によって大切に育てられ、幼少のころより田辺史家たなべのふひとけにおいて英才教育を受けた稀代の大政治家である。

大宝律令を完成し実施して、わが国の政治を慣習法の時代から成文法による政治社会へ引き上げたのは藤原不比等であったといってよい。また、本格的に銭貨を鋳造してその流通に努力し、貨幣経済の社会をめざしたのも藤原不比等であった。

もしそれ、人類の歴史を省みて、未開野蛮の社会より文明社会への発展を、慣習法による政治の段階から成文法による政治段階への進展に求めることができるなら、わが国の政治を未開野蛮の段階から文明社会の段階に引き上げたのは藤原不比等であったといわねばならない。

もしまた、物々交換の経済段階から貨幣経済段階への進展が未開野蛮の社会より文明社会への発展と呼べるなら、これまた不比等に指を屈せねばならない。その他年号の使用、文字・学問の普及など、不比等は常人のとても及ばぬ高邁な識見と卓越した指導力とによって、わが国を未開野蛮の時代から近代的な文明社会に引き上げたのである。

また不比等は四男五女、あわせて九名の子福者こぶくしゃであった。父鎌足をみならい、四名の男子は全員いずれも宰相(左右大臣)として国政を担当できる優秀な人材に育てた。三男の宇合うまかい、四男の麻呂まろはともに参議、兵部卿・京職大夫にとどまったが、兄武智麻呂むちまろ房前ふささきがいなければ、いつでも大臣として国政を担当できる、すぐれた人材に育てられていた。

五女のうち二人は皇室に入って天皇の夫人・皇后となり、二人は皇族の長屋親王ながやしんのう葛城王かつらぎおうに配されて、ともに皇族左大臣の夫人となった。いずれも、それなりの教育をほどこし、人物を磨いたに相違ない。

それより現在まで千三百年、藤原氏は皇室に後宮を送り、常に皇室の藩塀はんぺいとして皇室を守り、わが国の政界を領導した。不比等は父鎌足の後をうけて律令政治を断行し、かつ藤原氏繁栄の基礎を築いた。その人物識見、父鎌足に勝るとも劣らず、日本歴史上、一、二を争う大政治家といってよい。

吉川弘文館、高島正人『藤原不比等』P5-7

いかがでしょうか。この解説を読んでみると藤原不比等という人物がいかに優れた政治家だったかに驚くと思います。

そしてこの伝記を読んでいけばわかるのですが、彼は単に自身の藤原氏の立身出世ばかりを考えていたわけではありません。あくまで国家の繁栄のために次々と政策を立案し実行していきます。大政治家というと、昨今では権謀術数、賄賂などマイナスイメージが持たれがちではありますが、本来、大政治家とは国のために様々な政策を実行に移していく存在を言うのではないでしょうか。その代表例をこの藤原不比等に見ていくことになります。

私はこの不比等の名政治家ぶりを見ながら、中国の名宰相馮道ふうどうを連想しました。

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この人物については以前当ブログでも礪波護著『馮道 乱世の宰相』でご紹介しましたが、この馮道という人物も半端ではありません。ものすごく優秀な政治家、実務家であります。現代日本の政治不信の風潮の中、こうした優れた政治家が出てくることを望むばかりです。

もちろん、不比等も完全に滅私奉公というわけにもいきません。不比等は息子達を高位につけ藤原氏の繁栄を基礎づけてもいます。現代日本では世襲議員に対する批判も高まっていますが、まさに藤原氏の繁栄はこの世襲によって成り立っているという側面もあります。

ただ、よくよく考えなければならないのは、政治を安定して行うには信頼できる側近が必要だということです。この当時は陰謀や反乱などが相次ぎ、数多くの貴族豪族が殺害されている時代です。そもそも645年の乙巳の変も蘇我蝦夷、入鹿父子が殺害されています。天武天皇が即位する直前にも壬申の乱が起き、その後も血なまぐさい事件が何度も起きています。つまり、いつ誰に裏切られ殺されてもおかしくない時代でもあったということです。朝廷の政治は優雅どころかかなり暴力的なものをはらんでいたのが実情でした。

そんな中安定した政権を作るには信頼できる身内を近くに置くことが重要になってきます。だからこそ不比等は有能な息子たちを登用したという面もあるのです。一概に世襲そのものを悪く考えるのはこの時代にはナンセンスと言うことができるのではないでしょうか。

大事なことは安定した政治運営をし、国をよくすることです。不比等が育ち、後に政権を担った時期は唐や新羅が日本に攻め入ってくるのではないかという脅威が極めて現実的だった時代です。そうした国家の危機に後の日本の形を決定づけるはたらきをしたのが藤原不比等という人物だったのでした。著者が「その人物識見、父鎌足に勝るとも劣らず、日本歴史上、一、二を争う大政治家といってよい」と評価するのも頷けます

そして本書は伝記としても超一級品の名著です。まるで歴史映画を見ているかのような気分で読み進めることができます。単なる出来事の羅列ではなく物語性が強く押し出されているのでとても読みやすく、出来事の因果関係や時代背景も学ぶことができます。

これは面白い一冊でした。「政治とはそもそも何なのか」ということも考えさせられる名著です。ものすごい偉人が奈良時代にいました!ぜひぜひおすすめしたい伝記です。

以上、「高島正人『藤原不比等』概要と感想~鎌足の息子で日本の律令政治を進めた稀代の政治家のおすすめ伝記!」でした。

※追記

この記事では不比等を稀代の政治家と私は肯定的に評価しましたが、本書を読んだ後に手に取った井上薫著『行基』では、藤原不比等や朝廷そのものはかなり悪役的に描かれていました。

行基 (人物叢書 新装版)

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行基は苦しむ民を救うため数多くの土木工事をして人々の信仰を集めた僧侶ですので、この人物の伝記を書くことになると当然視点は民衆側に重きが置かれます。奈良の律令制度は過酷な税負担を課し、民は困窮し逃亡せざるをえなかったというのはかつて日本史の教科書でも読んだことがあります。そのため不比等は悪玉の最たるものとしてイメージされることになります。

しかしそれに対して本書『藤原不比等』は不比等という稀代の政治家を主人公として書かれた本になります。そして不比等は実際に日本の政治や文化を進めた功績があります。しかも唐や新羅による日本侵攻という現実的な脅威があったからこそ律令体制の整備を急いだという側面を忘れてはなりません。たしかに過酷な税制は民を苦しめることになりましたが、国家存亡の危機を乗り切ったという功績も評価されねばならないのでしょうか。この辺りが歴史をどう捉えるかの難しさ、複雑さではないかと思います。

同じ時代を異なった視点から見るという点でも『行基』とセットで本書を読むのは刺激的な読書になりました。

Amazon商品紹介ページより

藤原不比等 (人物叢書 新装版 212)

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藤原不比等

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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