尾田栄章『行基と長屋王の時代』概要と感想~行基と長屋王には強力なパイプが!?土木建築と僧侶の関係について知れるおすすめ本
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尾田栄章『行基と長屋王の時代 行基集団の水資源開発と地域総合整備事業』概要と感想~行基と長屋王には強力なパイプが!?
今回ご紹介するのは2017年に現代企画社より発行された尾田栄章著『行基と長屋王の時代 行基集団の水資源開発と地域総合整備事業』です。
早速この本について見ていきましょう。
天平の名僧・行基と悲劇の宰相・長屋王の「水」にまつわる意外な絆とは?
「天平十三年記」に記録された行基集団の社会事業を、熟達の河川実務家が史料と現地の状況に即して詳細に読み解く。そこから浮かび上がってきたのは、従来の定説をはるかに超える行基による開墾事業のスケールの大きさと、律令国家創成期の政権内で繰り広げられた歴史の秘められたドラマだった。
Amazon商品紹介ページより
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本書の主人公行基(668-749)は日本史を学んだ方には「おっ」となる方も多いかもしれません。奈良時代に池や橋など公共施設を作り人々から慕われた僧侶としてその名が出てきます。
私も行基といえばそのようなイメージがありますが、本書ではこの行基という人物についての衝撃の事実を知ることになります。
上の引用にありますように著者は熟練の河川実務家ということで、専門の歴史家ではありません。しかし熟練の河川実務家だからこそわかる行基の土木事業のすごさがあります。これまで歴史家に見過ごされてきた行基の土木作業がいかに巨大な構想の下行われていたのかがよくわかります。私もこの本を読み衝撃を受けました。私達の想像のはるか上をいくスケールです。とんでもないことが奈良時代に行われていました!
そして本書のもうひとりの主人公長屋王ですが、こちらも日本史専攻の方なら記憶にあるかもしれません。奈良時代において有力な政治家であった長屋王ですが、729年に謀反を疑われ自殺に追い込まれた悲劇の人物です。この奈良時代の政界の中心人物と行基が太いパイプでつながり、国家事業として土木工事を行っていたのではないかというのが本書のメインテーマです。
「いやいや、行基の土木工事が国家と繋がっていることの何が問題なの?」と思われるかもしれませんが、ここがポイントです。なぜなら、行基は晩年になるまでは国家から異端の僧侶として弾劾を受けていたからなのです。政府としては国家の法「僧尼令」に基づいて僧侶を管理しようとしていましたが、行基はその枠を超えて独自に民衆の中に入り仏教を説きました。そのため政府から危険分子として非難されていたのです。そのため行基の土木作業は政府とは全く関係のない独自のものと従来は考えられていましたが著者はそれに疑問を呈します。河川実務家の目から見ると、行基の仕事内容は国家クラスの援助がないと不可能なほど巨大な工事だったというのです。
政府から弾劾されていたはずの行基が国家クラスの土木事業を請け負う・・・
この矛盾を解消するのが当時の政権トップたる長屋王との強いつながりだったのでした。
もちろん、行基は後に東大寺大仏建立のために政府から許され重用されることになるのですが、こうした矛盾が生じていた時期があったのも事実です。本書ではその矛盾の実態や行基の驚異的な土木作業のスケールを知ることになります。これは刺激的です。
そして著者は本書について次のように述べています。これもまた熱い思いが込められていて私もグッときました。少し長くなりますが大事な箇所ですのでじっくり読んでいきます。
行基の実施した水源開発を伴う農地開拓事業は、農業が唯一の産業である古代ではまさに国土総合開発事業に他ならない。その正当な評価なしには古代を語り得ないはずだが今までは見過ごされてきた。その責は歴史家ではなく土木家が担うべきである。大河川流域の中下流部における水田開発は戦国時代以降とみなし、古代の土木事業に目を向けようとすらしなかった。国土形成の歴史に深く思いをいたすことなく軽視してきた。いや無関心のまま見過ごしてきたのである。
かつて「土木の歴史」の講義を芝浦工業大学で担当したことがある。驚いたことに前任までは明治以降の土木しか対象にせず、明治以前は切り捨てられていた。出雲大社、仁徳陵、行基の水田開発事業など古代の大土木事業を取り上げた筆者の講義は学生には概して不評で、馬鹿にされたと受け止めた学生すらいたようである。
明治以降の土木を語るだけでは西洋で育まれた近代土木技術しか教えないことになる。これでは厳しい自然と闘いつつ築き上げるれてきた日本の「土木の歴史」は切り捨てられてしまう。片手落ちと批判されても仕方ないであろう。
我が国土は世界でもまれな厳しさを持つ。地震と火山の地異に加え、唯一恵まれた資源の水も往々にして天変をもたらす。降り過ぎれば洪水、降らないと干害、まさに「水干両難の地」である。天変地異の宝庫であるこの苛酷な国土を住み易いものに変えるため、私たちの先祖は営々と努力を重ねてきた。この営みの積み重ねこそが「土木の歴史」であり、その上に繰り広げられた人々の活動が「日本の歴史」となってきたのだ。
学生に聞くと高校で日本史を選択したものは圧倒的に少ない。それだけではなく本来は必修の世界史さえ内実は履修しない学生が相当数いたのである。そんな学生相手だからこそ本来の「土木の歴史」を教えたかった。自国の歴史に静かな自信を持つ学生を育てたいと願ったが空回りに終わったのが残念である。
それはともかく、何となく全体像が朧気ながら浮かび上がったようだ。これからそれを事実に基づきつつ丁寧に証明していきたいと思う。ご一緒いただけるならこんなに嬉しいことはない。
行基の事業の素晴らしさをお伝えしたい。闇に隠された真実を探りだす発見の旅の楽しさを共感していただきたい。その二つの思いが本書を取り纏める原動力である。
ここでは、土木行政官としての経験に鍛えられた「現地を見る目」と歴史書がその役割を果たしてくれる。もう一つが原点主義。これは原典主義でもある。ものごとを調べる時、まずはすべてを疑い、先人の見解に学びつつも、まずはそれに疑問を持つことから始める。先入観を捨てて自分の頭で考えることを常に心掛けてきた。そうすると何事も原点まで遡らざるを得なくなる。当然ながら文献も原典に戻ることになる。迂遠に見えるかもしれないが、結局は早道となることが多い。また原典に戻ってこそ今まで気づかなかったものが見えてくる。思わぬ拾いものをすることも多い。(中略)
もちろん書物として取りまとめられた史料はそのまま鵜呑みにすることはできない。作者や編者の意図を斟酌する必要があることは当然である。それを踏まえつつ紙背に徹する眼光を持ち現地を河川実務家の目を光らせながら歩き回り、あらゆる情報を総合的に検討したうえで、その結果を遺漏なくお伝えしたい。是非とも最後までご一緒いただきたい。
現代企画社、尾田栄章『行基と長屋王の時代 行基集団の水資源開発と地域総合整備事業』P26-29
「行基の事業の素晴らしさをお伝えしたい。闇に隠された真実を探りだす発見の旅の楽しさを共感していただきたい。その二つの思いが本書を取り纏める原動力である。」
どうですかこの熱い思い!著者のこの姿勢に私も思わず熱くなってしまいました。本書を読んでいればこうした著者の熱い思いをひしひしと感じることができます。
そして上の引用にありますように、単に思いつきで行基と長屋王を語っているのではなく、「河川のプロとしての目」と原典を丁寧に読んでいくという両輪の姿勢が本書にはあります。これも本書の素晴らしい点だと思います。これはなかなかできることではありません。
また、治水に関しては以前スリランカ仏教について学んでいた際に中村尚司『スリランカ水利研究序説』という本を読んだことを思い出します。
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この本でも厳しい環境で水をいかに管理するかに苦心したスリランカの歴史を知ることになりました。紀元前の段階ですでに高度なダム技術と灌漑システムがあったということに私も驚きました。この本でも歴史家の視点というよりも、現場のプロの目線で説かれていて、普通の歴史本とは異なる古代スリランカを知ることができました。
本書『行基と長屋王の時代』もまさに、当時生きていた人の生活が垣間見えるようなそんな体験ができる一冊です。1000年以上も前の人達がこんなに高度な技術を用い、さらには何万人規模の人員を動員して途方もない巨大工事をしていたというのは衝撃以外の何物でもありません。
教科書に書かれるような有名な歴史だけでなく、そこに生きた人々がいる。そしてそこには現代を生きる私達の想像のはるか上を行く英知があり、たくましく生きていたのだ。私もこの本を読んでそんなことに思いを馳せることになりました。
いや~素晴らしい作品でした。これは刺激的です。著者の熱い思いが込められた素晴らしい参考書です。ぜひぜひおすすめしたい作品です。
以上、「尾田栄章『行基と長屋王の時代』概要と感想~行基と長屋王には強力なパイプが!?土木建築と僧侶の関係について知れるおすすめ本」でした。
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