『傷つきやすいアメリカの大学生たち』あらすじと感想~親、教育関係者必読!日本も他人事ではない衝撃の事実。甘やかすことは有害だった
グレッグ・ルキアノフ、ジョナサン・ハイト『傷つきやすいアメリカの大学生たちー大学と若者をダメにする「善意」と「誤った信念」の正体』あらすじと感想~親、教育関係者必読!日本も他人事ではない衝撃の事実。甘やかすことは有害だった
今回ご紹介するのは2022年に草思社より発行されたグレッグ・ルキアノフ、ジョナサン・ハイト、西山由紀子訳の『傷つきやすいアメリカの大学生たちー大学と若者をダメにする「善意」と「誤った信念」の正体』です。
暴力を伴う講演妨害、教授を糾弾し罵倒……
キャンセルカルチャーやポリコレ問題の背景を知るための必読書。
全米ベストセラー、待望の邦訳!〈内容より〉
「不快」を理由とする講演妨害が横行
言葉尻を捉えて教員を糾弾、辞職へ追い込む
大学教員の政治的多様性が低下。左に偏向
未熟で脆弱、不安・うつが多い「Z世代」
親はすべてを危険と捉え過保護に育ててきた
大学が極端な市場重視に。学生はお客様扱い立場の異なる論者の講演に対し、破壊と暴力をともなう激しい妨害を行う学生たち。
Amazon商品紹介ページより
教員の発言の言葉尻を捉えて糾弾し、辞任を求める激しいデモを展開。
さらには教授や学部長、学長までを軟禁し、暴言を浴びせる――。
アメリカの大学で吹き荒れるこれら異常事態の嵐は、Z世代の入学とともに始まった。
彼らはなぜ、そのような暴挙を振るうのか?
言論の自由・学問の自由を揺るがす現象の実態と背景、
さらには対策までを示して高く評価された全米ベストセラーがついに邦訳。
キャンセルカルチャー、ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)問題を知るための必読書。
本書『傷つきやすいアメリカの大学生たち』は親、教育関係、いや、全ての人におすすめしたい一冊です。上の本紹介にありますように、この本ではアメリカでの目を疑うような事態を見ていくことになります。この本では社会がどんどん攻撃的になり分断されていく様がはっきりと描かれています。
そしてその原因となっているのが近年若者に施されている誤った教育、つまり3つの〈大いなるエセ真理〉であると著者は指摘します。その3つの〈大いなるエセ真理〉とは、
1.脆弱性のエセ真理:困難な経験は人を弱くする。
草思社、グレッグ・ルキアノフ、ジョナサン・ハイト、西山由紀子訳『傷つきやすいアメリカの大学生たちー大学と若者をダメにする「善意」と「誤った信念」の正体』P18
2.感情的決めつけのエセ真理:常に自分の感情を信じよ。
3.味方か敵かのエセ真理:人生は善人と悪人の闘いである。
この3つが現代のアメリカの大人が子供たちに教え込んでいる価値観であり、それが学生たちの心を弱くし、さらには政治的に過激な行動を促していると著者は警告しています。本書ではこの3つについて詳しく見ていくのでありますが、読めば深く頷けることばかりです。
「かわいい子には旅をさせよ」とよく言うものですが、このエセ真理によればそんなことは必要ないということになります。
子供は弱いのだから大人が守ってあげなければならない。ほんの少しでも安全性が脅かされるのであればその危険を取り除かなければならない。公園の遊具に危険があれば撤去する。雪玉遊びももしその雪に砂や石が混じれば危険だ。禁止させねば。一人で外で出歩かせるのもだめ。友達も選ばなければ。子供たちが不快な思いをしないように守ってあげないと。こうして過保護に育てられた子供が将来どうなるのか、それを本書で見ていくことになります。
そして2つ目のエセ真理「常に自分の感情を信じよ。」というのは一見良い言葉のようにも思えますが、これが曲者。この言葉をブログ筆者なりに言い換えるなら「自分のお気持ち至上主義」ということになります。「私が傷ついた」と思えば相手は全て悪の加害者となり、自分は正しい被害者という二分法でしか世界を見ることができなくなっていくのです。1つ目のエセ真理のせいで心が弱くなった子供たちはすぐに傷つきます。そしてその傷の痛みを信じることで自己正当化がさらに進み、他者を許容する心が育ちません。そしてそれが3つ目のエセ真理「人生は善人と悪人の闘いである。」へともつながっていきます。
自分は悪くない。悪いのは社会であり、危険をもたらす「奴ら」だ。自分はそんな悪と戦う正義の人間なのだ。こうして正義側の集団にいることで自身の正しさという「お気持ち」をさらに信じ熱狂していく。この連鎖が今アメリカで起きていると著者は主張します。
ただ、こうした正義と悪の二分法や学生たちの反抗というのは今に始まったことではありません。私は本書を読んでいて日本の学生運動を連想しました。本書で書かれていることはその大部分が当時のことにも当てはまるのではないかと思えるほどです。著者自身もアメリカにおける1968年の学生運動について言及しています。
ただ、その時代と現代で決定的に異なるのはSNSの存在です。SNSの存在によってこうしたエセ真理の危険がさらに強まっていると著者は指摘しています。
著者は次のように述べています。
3つの〈大いなるエセ真理〉ーおよび、これらを利用する施策ならびに政治運動ーが、若者や大学、より広くは進歩主義の民主主義にどれほどの問題を引き起こしているかを明らかにしていきたい。いくつか具体例を挙げよう。この数年で、現代の若者の間で、不安症、うつ病、自殺率が急増している。キャンパス文化が思想的に均質化され、研究者が真理を探究する能力や、学生が幅広い思想家から学ぶ能力が低下している。極端に右寄りもしくは左寄りの思想を持つ過激論者が急増し、お互いがこれまでにないほど憎しみ合っている。党派心をあらわにした激情がソーシャルメディア(SNS)上で繰り広げられ、〈コールアウト・カルチャー〉(大勢の前で相手の誤りやミスを徹底的に糾弾する行為)をつくり上げている。善意から何か発言しようとも、他の誰かがそれを意地悪く解釈すれば、おおっぴらに恥をかかせられる。新しいSNSプラットフォームとそこからの発信により、人は不愉快な現実から逃げ出して、自分の存在を確かめられる守られた場所へとこもることができるようになった。しかしそこは、自分たちが最も恐れているものが反対側の人間による悪事であることを確認し、その恐れを増幅する場所でもある。不和や分裂の種蒔きに余念がない過激派や、ネット荒らしがいるからだ。
3つの〈大いなるエセ真理〉は多くのキャンパスで花開くこととなったが、その根本原因は、大学以前の教育や子どもの頃の経験にある。今やそれが、キャンパスから企業社会に広がり、国政をも含む公的空間に及ぼうとしている。さらにアメリカ国内のみならず、英語圏の大学へも飛び火している。〈大いなるエセ真理〉は万人にとって悪しきもので、若者、教育、民主主義に関心があるすべての人が憂慮すべき風潮である。
草思社、グレッグ・ルキアノフ、ジョナサン・ハイト、西山由紀子訳『傷つきやすいアメリカの大学生たちー大学と若者をダメにする「善意」と「誤った信念」の正体』P18ー19
本書でも何度も語られますが、この問題はアメリカだけでなく世界中で広がっています。日本では学生の過激化はみられてはいないものの、3つの〈大いなるエセ真理〉は明らかに日本でも広まっています。これらは日本の家庭や教育の現場でもよく語られている事柄なのではないかと私は感じています。
一例を挙げるとディズニー映画『アナと雪の女王』の「ありのまま」でしょう。基本的に私はディズニーが大好きなのですが、この映画の影響は無視できないものがあると感じています。
日本でもよく「あなたはありのままでよいのですよ。」「あなたの心を信じなさい」というメッセージが出てきますが、これがいかに危険なことか。この記事ではこれ以上はお話しできませんが、上の記事にはそのことについてもお話ししていますし、本書『傷つきやすいアメリカの大学生たち』ではまさにこうした耳触りのよい言葉がどれほど子供たちに悪影響を与えるかが示されています。
まあ、 『アナと雪の女王』を言うならば『シンデレラ』や『ピノキオ』などでも「信じていればいつか叶う」なんてことも言ってるではないか。『アナと雪の女王』だけを否定するのはフェアじゃないと言われるかもしれませんが、「信じていればいつか叶う」と「ありのままでよい」ではその人生に与える影響の重みがやはり違うのです。「信じていればいつか叶う」という言葉にそこまで深刻な影響力はないのではないでしょうか。なぜなら子供たちも皆それが夢であることを薄々知っているからです。
ですが、過保護に育てられた子が何の困難な体験もしないまま「ありのままでよい」と植え付けられたらどうなるでしょう。いざ社会に出た時に何が起きるでしょうか。私はそれを危惧しているのです。だからこそ私は教育の場で語られる「ありのままでよい」という言葉に同意できないのです。これは本書の内容とも大いに重なる点だと思います。
さて、少し話はそれてしまいましたが、本書では世界に跋扈する3つの〈大いなるエセ真理〉から、その弊害、実例を見ていき、その処方箋が語られることになります。アメリカで起きた実際の事例はかなり強烈です。読んでいてもむかむかするほどひどいことが起きていました。
私も現在函館大谷短期大学で非常勤講師をしているため、こうした教育現場の問題には非常に強い関心があります。著者はこの大学という存在について次のように述べています。最後にこの箇所を紹介して記事を終えたいと思います。
学生たちは皆、大学卒業後に世界と向き合う心構えができていなければならない。最も大きな変化を遂げる者ー見知らぬ土地で自分をよそ者だと感じるおそれがあるーは、とりわけ懸命に学び、準備に励まねばならない。彼らは同じ土俵で競うわけではない。人生は公平ではないのだ。しかし大学というのは、不愉快なものやあからさまに敵意に満ちたものも含めて、多様な人々や思想と向き合える、この世で最高の環境ではないのか。高度な設備、有能なトレーナー、万が一のためにセラピストまで待機している、究極の〈知のジム〉である。
草思社、グレッグ・ルキアノフ、ジョナサン・ハイト、西山由紀子訳『傷つきやすいアメリカの大学生たちー大学と若者をダメにする「善意」と「誤った信念」の正体』P24
大学は多様な考え方や立場を学べる究極の〈知のジム〉であるというのは私にとってとてもぐっとくる言葉でありました。そうです。若くて多感なその時期に様々な思想を学び、簡単に善と悪の二分法にはまることなく冷静に議論する力を養う。これは大学の使命だと思います。しかしその使命を放棄するかのような大学が相次いでしまっているという悲しい現実も本書では知ることになります。ですが、本書の終盤で語られるように明るい兆しも見え始めています。いくつかの大学が現在の状況を問題視し、大学が究極の〈知のジム〉であることが見直されてきています。
こうした復活への流れが進むよう祈るばかりですが、この本を読んで私自身も教育の現場に携わる人間としてこれまで以上に一層気合を入れて取り組もうと喝が入りました。この本は親や教育者だけでなく、全ての人が考えるべき問題を提起しています。ぜひぜひおすすめしたい一冊です。
以上、「『傷つきやすいアメリカの大学生たち』あらすじと感想~親、教育関係者必読!日本も他人事ではない衝撃の事実。甘やかすことは有害だった」でした。
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傷つきやすいアメリカの大学生たち:大学と若者をダメにする「善意」と「誤った信念」の正体
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