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村山吉廣『楊貴妃 大唐帝国の栄華と滅亡』あらすじと感想~傾国の美女は悪女ではなかった?世界三大美女の悲しき最後とは

楊貴妃
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村山吉廣『楊貴妃 大唐帝国の栄華と滅亡』概要と感想~傾国の美女は悪女ではなかった?世界三大美女の悲しき最後とは

今回ご紹介するのは2019年に講談社より発行された村山吉廣著『楊貴妃 大唐帝国の栄華と滅亡』です。

早速この本について見ていきましょう。

唐6代目皇帝、玄宗(712-756年)。名君と呼ばれ、100万人国家を築いた56歳のとき、22歳の楊玉環(のちの楊貴妃)と出会う――。唐王朝の権力闘争、玄宗による華麗なる「開元の治」、安史の乱、国家転覆までの100余年を、『旧唐書(くとうじょ)』『新唐書』『開元天宝遺事』『唐会要』といった文献や、白居易、杜甫の詩歌など豊富な原資料や図版から、詳細なエピソードを採取、検証。平安時代より清少納言、紫式部をも魅了した”世界三大美女”の生涯を、唐の歴史とともに読み解く!

Amazon商品紹介ページより
楊貴妃(719-756)Wikipediaより

世界三大美女のひとり、楊貴妃。時の皇帝、玄宗が彼女に夢中になり国が傾いたことから傾国の美女としても語られる彼女。

前回の記事で紹介した則天武后は自らの知恵才覚と美貌で中国史上唯一の女性皇帝へと成り上がりましたが、この楊貴妃はどんな道を歩んだのでしょうか。それを知れるのが本書『楊貴妃』になります。

本書冒頭で著者は楊貴妃とこの本について次のように述べています。

玄宗に政治を怠らせ安禄山の大乱を引き起したから、楊貴妃は一部では「妖姫」のように思われてもいるが、その生涯には「悪逆」と評すべき行跡はない。小説『楊貴妃』を書くつもりでいた魯迅も楊貴妃に同情的で、「楊貴妃は悪女ではない。悪いのは男のほうだ」と言っている。私は決してフェミニストではないが、私の楊貴妃はむしろ「可愛い女」として現われている。

しかし楊貴妃が悪女であろうと可愛い女であろうとどうでもよいことで、私の執筆の動機「時代とともに楊貴妃を描く」ことにある。

紀元七世紀に世界帝国をつくりあげた唐朝の栄華、大都長安にくりひろげられた玄宗と楊貫妃の絢欄たる生活、安史の乱によって一挙に暗転してしまった社会、その底に流れていたものは何か。私は読者が歴史に即しながら心ゆくまで楊貴妃物語の世界に逍遥して下さることを期待している。

講談社、村山吉廣『楊貴妃 大唐帝国の栄華と滅亡』P3-4

ここで著者が語るように、楊貴妃は私達がイメージするような悪女ではなかったのです。

『魯迅も楊貴妃に同情的で、「楊貴妃は悪女ではない。悪いのは男のほうだ」』と述べられるように、悪いのは政治を怠った玄宗の方で、楊貴妃の方では政治にほとんど野心を見せず、介入もしていないのです。これは本書を読んでいけばきっと「確かに」と思えてくることでしょう。私達のイメージとは異なる楊貴妃をこの本では見ていくことになります。

そして上の引用の後半にもありますように、この本では楊貴妃や玄宗皇帝時代の唐の時代背景がかなり詳しく語られます。私も読んでいて驚いたのですが、楊貴妃その人についての記述が思いのほか少なく、それよりも彼女を取り巻く時代背景や宮中の事情などが中心となっています。これはまさに著者の宣言する通りです。

楊貴妃という稀代の美女を通して唐の時代背景を知れる本書はとても刺激的です。

私も本書を読んで楊貴妃に共感を持つようになりました。楊貴妃自身は単に美貌の人であっただけではなく、音楽や踊り、文学などの教養もあり、機転の利く人でもありました。聡明で心の機微を理解する楊貴妃に玄宗皇帝がすっかり夢中になってしまったのもわかるような気がします。

これまで様々な中国の歴史書を読んできましたが、中国の皇帝は皇帝といえど地獄のような日々を送らねばなりませんでした。その血で血を洗う恐ろしい環境からか暴君暗君も大量に出ています。私利私欲酒池肉林の生活に溺れる皇帝も多い中、玄宗皇帝は開元の治という善政を行いました。唐の繁栄をもたらしたのはまさにこの善き皇帝のおかげだったのです。

しかしこの伏魔殿たる中国王朝の中で善き皇帝であり続けるということは凄まじい自己管理とストレスに耐えなければなりません。そんな生活を25年以上も続けた56歳の時に玄宗皇帝は楊貴妃を見初めることになります。その時楊貴妃は22歳。若くて美しく、聡明な彼女に玄宗は惹かれたのでしょう。皇帝はすぐに楊貴妃を寵愛するようになりました。

ただ、ここで注意したいのは当時楊貴妃は玄宗の息子である寿王の妻でした。え?と思うかもしれませんが、そうです、玄宗は自分の実の息子の妻を奪ったのでありました。こうして楊貴妃は玄宗の後宮へと入ることになったのです。

そこから玄宗は楊貴妃と過ごす時間を何より大切にし、政治への意欲を失い始めます。

正直、玄宗はこの時すでに限界だったのではないかと私は思ってしまうのです。中国王朝の皇帝在位期間は平均するとかなり短いのが普通です。短ければ数年もたずに謀略で退位させられてしまうのも当たり前でした。玄宗の父も祖父もまさにそうした傀儡の皇帝でした。そんな中30年近くも最前線で皇帝として政治を行ってきたのです。その精神力もかなり限界に近づいていたのではないでしょうか。

そんな中唯一心を許せる女性が現れたのです。単に美しいから玄宗がのめりこんだとか、そういう話ではないのではないかと私はこの本を読んで感じました。実際、楊貴妃は政治に対してほとんど介入しません。彼女の権力欲や自己満足のための大規模な建設工事もしていません。直接的に民を苦しめるようなことはしていないのです。

もちろん、楊貴妃の一族が玄宗から優遇されて私腹を肥やしたということもありますが、楊貴妃がすべて悪いのだとは言い切れないものがあります。玄宗がしっかりしていれば安禄山の反乱は起きなかったというのも確かにそうかもしれませんが、その反乱も玄宗だけが原因ではなく伏魔殿たる宮中の権力闘争にもその大きな原因があると見た方がよいのではないでしょうか。その辺りの事情も本書では解説されます。

玄宗皇帝は楊貴妃と仲睦まじく過ごしていました。一般的には楊貴妃がたぶらかしたかのようなイメージになっていますが、二人にはほとんど性的なスキャンダルがないのです。本当に二人とも仲が良かったのです。であれば何が悪いのでしょう。皇帝には普通たくさんの後宮がいます。日本で言うならば大奥の側室です。そこで世継ぎを設けるために愛とは別の関係性があったことでしょう。そんな中玄宗皇帝には心の底から気を許せるパートナーがいたのです。

唐の皇帝という、一般人とはまるで違う立場の人間なので、私達後世の感覚で男女間の関係を考えるのはナンセンスな話ではあるかもしれませんが、玄宗皇帝にとっては楊貴妃と出会えたことは心の救いだったのではないかと思います。

まあ、結局二人とも悲劇的な最期を迎えてしまうので単純には「よかったね」とは言えない話ではあるのですが、この二人の関係は実に興味深いものがありました。

前回の記事「氣賀澤保規『則天武后』あらすじと感想~中国史上初の女性皇帝!男社会に風穴を開けた驚異の才覚とは」で紹介した『則天武后』とセットで読むと二人の女性の個性が比べられて非常に刺激的です。やはり中国史は面白い。ぜひぜひおすすめしたい一冊です。

以上、「村山吉廣『楊貴妃 大唐帝国の栄華と滅亡』~傾国の美女は悪女ではなかった?世界三大美女の悲しき最後とは」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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