MENU

V・ハヴェル『ガーデン・パーティ』あらすじと感想~カフカファンにもおすすめ!劇作家ハヴェルの代表作

目次

劇作家ハヴェルの代表作!ヴァーツラフ・ハヴェル『ガーデン・パーティ』

今回ご紹介するのは1963年にヴァーツラフ・ハヴェルによって発表された『ガーデン・パーティ』です。

私が読んだのは1969年に思潮社より発行された村井志摩子訳『線路の上にいる猫=現代チェコ戯曲集』所収の『ガーデン・パーティ』です。

この本について見ていく前に著者のヴァーツラフ・ハヴェルのプロフィールを見ていきましょう。

戯曲家であったハヴェルは反体制知識人として「プラハの春」後共産党政権に抗議活動を行ない、幾度となく逮捕・投獄された。1989年、ビロード革命を率いて民主化を成し遂げ、チェコスロヴァキア共和国大統領に就任(在任1989~92)。さらにチェコ共和国初代大統領(在任1993~2003)も務めた。

第二次世界大戦後、チェコスロヴァキアの人々は40年にわたる共産主義の圧政に苦しんでいた。もはやその不自由さは当たり前の苦しみとして生活に入り込み、ポスト全体主義体制となって人々を疲弊させていた一。1989年、プラハの学生たちが火付け役となり、ハヴェルは「市民フォーラム」を率いて彼らを支援。誰もが不可能と思い込んでいた革命を成し遂げた。

1989年11月、中世の面影を残す首都プラハのヴァーツラフ広場に5万人を超す市民が集い、ハヴェルは国の伝統的な信念を表す言葉「真実は勝つ」を用いて民衆に勝利宣言。それは流血を伴わず、滑らかなビロードのように遂行されたため「ビロード革命」と呼ばれた。市民は「ハヴェルを城へ(Havel na Hrad)」を合言葉に、プラハ城にある大統領の椅子へとハヴェルを押し上げた。

NHK出版、阿部賢一『NHK 100分de名著 2020年2月』「ヴァーツラフ・ハヴェル『力なき者たちの力』」より 

ヴァーツラフ・ハヴェル(1936-2011)Wikipediaより

ハヴェルは後にチェコ大統領になった劇作家です。

彼は富裕な資本家の家に生まれたために共産党政権から厳しい迫害を受けていました。『ガーデン・パーティ』はそんな彼が舞台の裏方の仕事をしてなんとか文学の世界で生きていた頃に書かれた作品です。

ではこの本が書かれた背景について編者あとがきを見ていきましょう。

彼が『ガーデン・パーティ』を書きおろした時は、まだ、プラハの小劇場ディバドロ・ナ・ザーブラデゥリーで、裏方の仕事をしている時だった。私にとって、一九六二年クレイチャの演出で、この劇場で西ドイツの作家フバーレックの、「テーパの英雄達」と云うレパートリーの稽古の時、印象に残った青年だった。

彼が、照明係をやり乍ら、喰い入るようにクレイチャの演出を眺めているのが印象的だった。この劇場の総支配人で、演出家で理論家のヤン・グロスマンは、このパントマイムのフィヤルカで売っていた小劇場を、戯曲も上演する劇場にするためには、チェコ人の尊敬する演出家、クレイチャの仕事を旗上げ公演に持って来ることによってしかないことを見抜いていた。

ハべルは、資本家の息子であった為に、DAMU(演劇大学)に入学することを拒否され、この劇場で、裏方として働いていたのだ。トポルのように、一般的な家庭でDAMUに入学を許されていながら、学校での教育にあきたらず、E・P・ブリヤンの劇場に参加したのとは対称的な作家だ。

グロスマンは、ハべルを世に出すには、クレイチャの演出によらなければならないと判断し、一九六三年の十二月に、プレミエルを持った。チェコでは、E・F・ブリヤンの当時(一九一八~三九)ヴォスコべツとヴェイリッヒの二人のコンビがやっていた、自由劇場は、常に諷刺的なミュジカル・コメディで、当時のチェコ人の人気を独占していたが、この「ガーデン・パーティ」は、チェコが社会主義社会になってからの、初めての不条理的な笑いを創り出した。

ディバドロ・ナ・ザープラデゥリーと云う劇場は、昔、修道院だった所で、その欄干のある二階の廻廊は、かつて、修道僧達が、散歩していた廻廊で、石の中庭を見下ろせるようになっている。観客席は二百人足らずの小劇場である。この劇場から、こうした笑いが爆発したのだから、私には不思議に思われた。
※一部改行しました

思潮社、村井志摩子訳『線路の上にいる猫=現代チェコ戯曲集』P242

ハヴェルは資本家の息子であったため、行きたかった演劇大学にも行けず、劇場で裏方の仕事をしながら独学で勉学を続けていました。

ですが、ハヴェルはそこで頭角を現し、上の解説にありますように周囲の人たちから認められ、作品発表の機会を与えられたのでした。

では、その「ガーデン・パーティ」とはどんな作品だったのでしょうか。

それは、アクションから来るてらい、、、おもねり、、、、からではなく、クールな笑いとしてその劇場から流れ出た。観客席になっている場所は、修道僧達の講堂だったところで、ロビーに利用されていた場所には古風なソファがおかれていて、片すみには、マントロビースの火がたかれるように冬の夜などは用意されていた劇場だった。(一九六七年に改装)。

舞台の袖は狭く、出入りは上手しかない劇場だ。官僚主義と、新しく造語された社会主義社会の慣用語に機械化された人間関係を、鋭く諷刺していたこの戯曲は、三年もロングランされた。切符は売り切れ、一月も前から予約をしておかねば、この笑いを、笑いとばすことは出来なかった。

ハべルは、一躍チェコの人気者となった。その笑い声は、爆笑と云ってよいほどのもので、観客は、笑いのために、目に涙がたまるほどだったらしく、休憩時間にロビーにあふれた観客の多くは、ハンカチで涙をぬぐっていた。
※一部改行しました

思潮社、村井志摩子訳『線路の上にいる猫=現代チェコ戯曲集』P 242-243

それは、アクションから来るてらい、、、おもねり、、、、からではなく、クールな笑いとしてその劇場から流れ出た」というのが重要です。

ハヴェルの『ガーデン・パーティ』は不条理劇と言われるジャンルになります。

わかりやすいお笑い劇ではなく、とにかくシュール。

噛み合わない会話ややりとり、風刺で観客を笑わせます。

しかもハヴェルのこの作品の不条理さはまるでカフカを思わせるような、不思議な展開です。

登場人物達の突飛さ、まともな会話なようでまったく噛み合っていない不自然さ、そしてそれにもかかわらずなぜか事が進展していくという不思議。

カフカ的世界観がソ連抑圧下のプラハに甦ったかのような作品です。

話の大筋としては、ある家庭においてその両親が息子の就職先を心配しています。この両親がソ連支配の機械的な官僚主義を風刺していて奇妙な会話を繰り広げ続けます。

しかしその息子はどこ吹く風。しかもなかなか頭がきれるこの息子が、その仕事を得るために向かうのが「ガーデン・パーティ」です。

ガーデン・パーティの主催者である官僚組織のもとへ訪れた彼は、その役人たちと奇妙な会話を始めます。

ここでのやりとりは両親をはるかに超える奇妙さです。

何を言っても通じない人々。彼らにしかわからない、いや彼らもわかっていないソ連的な言葉をただただ繰り返し、会話が全く進んで行きません。

ハヴェルはこうした役人たちを登場させることでソ連的な官僚主義を風刺しています。

息子は飄々とそんな彼らをうまくあしらい、最後は見事パーティから帰還します。

この作品のあらすじや内容について簡単にまとめるのは極めて難しいです。あまりに不条理でどう言えばいいのかさっぱりわかりません。

ただ、カフカが好きな方には確実にハマると思います。

実際、上の引用にもありましたようにこの作品はプラハ市民に大ウケでした。

官僚主義と、新しく造語された社会主義社会の慣用語に機械化された人間関係を、鋭く諷刺していたこの戯曲は、三年もロングランされた。切符は売り切れ、一月も前から予約をしておかねば、この笑いを、笑いとばすことは出来なかった。

ハべルは、一躍チェコの人気者となった。その笑い声は、爆笑と云ってよいほどのもので、観客は、笑いのために、目に涙がたまるほどだったらしく、休憩時間にロビーにあふれた観客の多くは、ハンカチで涙をぬぐっていた。

この作品がどれだけプラハ市民に笑いを提供したかがよくわかりますよね。

プラハは「言葉」を大切にした文化が根付いた都市です。

そうした文化の力を感じさせるのもこの作品のすごさだと思います。具体的にそれはどういうことなのかということまではここではお話しできませんが、読んでみればきっとそれは感じられると思います。

プラハの文化レベルの高さを感じられる素晴らしい作品です。

日本ではほとんど知られていない作品かと思いますが、プラハ文化を感じる上で非常に興味深い作品です。カフカファンにもきっと合うと思います。

おすすめな作品です。

以上、「V・ハヴェル『ガーデン・パーティ』カフカファンにもおすすめ!劇作家ハヴェルの代表作」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

線路の上にいる猫―現代チェコ戯曲集 (1969年)

線路の上にいる猫―現代チェコ戯曲集 (1969年)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
V・ハヴェル『ジェブラーツカー・オペラ〈乞食オペラ〉』あらすじと感想~プラハの春以後の空気を知るの... 劇作家にしてチェコ大統領であるヴァーツラフ・ハヴェルの代表作『ジェブラーツカー・オペラ』 作品そのものももちろん面白いのですが、秀逸なのはこの本に書かれている解説です。 プラハの春以後の空気を掴むのに非常におすすめな1冊です!ぜひこの本がもっと世に広まることを願っています。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
V・ハヴェル『プラハ獄中記―妻オルガへの手紙』あらすじと感想~ソ連抑圧下の未来のチェコ大統領の監獄... この書簡集では奥様とのプライベートなやりとりや、監獄生活の様子、ハヴェルの観察、思索、エッセイ風文章など様々な手紙を読むことができます。 彼が苦しい監獄生活の中で机に向かって黙々とこの書簡を書いている姿を想像して私はこの本を読みました。ソ連抑圧時代に必死に抵抗したハヴェルの人間的大きさには頭が上がりません。

関連記事

あわせて読みたい
V・ハヴェル『力なき者たちの力』あらすじと感想~チェコ大統領による必読エッセイ~知らぬ間に全体主義... この本は衝撃的な1冊です。私が今年読んだ本の中でもトップクラスのインパクトを受けた作品でした。元々プラハの春に関心を持っていた私でしたが、この本を読み、あの当時のプラハで何が起こっていたのか、そしてそこからどうやってソ連圏崩壊まで戦い、自由を勝ち取ったのかという流れを改めて考え直させられる作品となりました。
あわせて読みたい
V・ハヴェル『通達』あらすじと感想~官僚組織と人工言語をテーマに人間性の喪失を描いた傑作不条理劇! 「とんでもないものを見てしまった・・・!」 これが私の感じた一番の印象です。 もしこの戯曲を生で観たらどんなことになってしまうのか想像もつきません。 これはかなりの衝撃作でした。ぜひおすすめしたい作品です。「とてつもない作品」ですが阿部賢一先生の解説もありますのでその辺はご安心ください。楽しく読むことができる素晴らしい解説です。ぜひ解説を読んだ上でこの作品を楽しまれることをおすすめします。
あわせて読みたい
V・ハヴェル『謁見』あらすじと感想~「何もかもクソくらえ」な世の中で私達は何をすべきかを問う不条理劇 ハヴェルの作品はプラハの春以後の抑圧体制を痛烈に批判していますが、それはこの時代だけでなく現代にも通ずる批判です。人間はいつどこであってもこうなりうる。そうならないために私たちは何をすべきなのかということを問いかけてきます。 これもまたものすごい作品でした。ハヴェル作品はどの作品も強烈です。ぜひ日本でももっと知られてほしいなと心の底から思います。 ぜひぜひおすすめしたい作品です。
あわせて読みたい
「プラハの春」とは何かを学ぶのにおすすめの参考書10冊を紹介~ロシア・ウクライナ侵攻を考えるためにも この記事では以前当ブログでも紹介した1968年の「プラハの春」ソ連軍侵攻事件(チェコ事件)について学ぶためのおすすめの参考書をご紹介していきます。 現在、ロシアによるウクライナ侵攻が危機的な状況を迎えていますが、ソ連、ロシア、東欧の歴史を知る上でも「プラハの春」事件は非常に重要な意味を持っています。 大国に囲まれながらも誇り高い文化、歴史を紡いできたチェコという国を学ぶことは私たち日本人にとっても非常に意味のあることだと思います。
あわせて読みたい
「Reduta Jazz Club」を訪ねて~プラハのおすすめ老舗ジャズクラブ!ソ連抑圧時代にもチェコ文化を発信... 2019年私がプラハで訪れた「Reduta Jazz Club」 私がここを訪れたのは、ネットでここが老舗でおすすめなジャズクラブだという情報を見たからでした。そのレドゥタがチェコの歴史を語る上でものすごい役割を果たしていたとは本当に驚きました。 この記事ではそんなレドゥタのレポをご紹介していきます
あわせて読みたい
V・セベスチェン『東欧革命1989 ソ連帝国の崩壊』あらすじと感想~共産圏崩壊の歴史を学ぶのにおすすめ... セベスチェンの作品はとにかく読みやすく、面白いながらも深い洞察へと私たちを導いてくれる名著揃いです。 この本は、世界規模の大きな視点で冷戦末期の社会を見ていきます。そして時系列に沿ってその崩壊の過程を分析し、それぞれの国の相互関係も浮かび上がらせる名著です。これは素晴らしい作品です。何度も何度も読み返したくなる逸品です
あわせて読みたい
プラハの歴史、文化を知るのにおすすめの本を一挙紹介!愛すべきプラハの尽きない魅力を紹介 私は2019年にプラハを訪れ、その魅力に見事にやられてしまった人間です。あまりの美しさ、あまりの居心地のよさにすっかりこの街に恋してしまったのでした。 この記事で紹介するのは様々な本を読んだ中でも、特に皆さんにお薦めしたい本です。これらの本を読めば必ずやもっともっとプラハの魅力を感じることになるでしょう。
あわせて読みたい
カフカおすすめ作品一覧~プラハが生んだ天才作家の魅力をご紹介! 「プラハといえばカフカ」というくらい、カフカは有名な作家ですよね。 彼の代表作『変身』は世界中で最も読まれた小説のひとつと言うことができるでしょう。私もカフカの不思議な世界観が大好きです。 この記事ではそんなカフカのおすすめ作品とカフカをもっと知るためにおすすめの解説書をご紹介します。
あわせて読みたい
チェコの天才チャペックのおすすめ作品一覧~チェコ文学はカフカのみにあらず! チェコ文学はカフカのみにあらず。 恐るべき人物がここにいました。 カレル・チャペックの作品は衝撃の面白さです。 『ロボット』『山椒魚戦争』『白い病』など、この記事ではそんなチャペックのおすすめ作品を紹介していきます。それぞれのリンク先でより詳しくお話ししていきますのでぜひそちらもご覧ください。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次