2020年4月

親鸞とドストエフスキー

世界一周の旅とドン・キホーテの理想、そしてドストエフスキーへ―私とドストエフスキーの出会い⑶ 

2019年の世界一周の旅から帰国後、私はお寺の行事を通して多くの子供たちと出会いました。

そして彼らがきっかけとなり私はドストエフスキーと再会することになります。これが私とドストエフスキーの第二の出会いでした。

この時から今現在に至るまでドストエフスキーの研究を継続して行っています。

彼を学ぶうちにドストエフスキーと浄土真宗の開祖親鸞聖人との驚くべき共通点が明らかになってきました。ますますドストエフスキーを学ぶ意味が大きくなってきています。

親鸞とドストエフスキー

『カラマーゾフの兄弟』大審問官の衝撃!宗教とは一体何なのか!私とドストエフスキーの出会い⑵

『カラマーゾフの兄弟』を読んで、「宗教とは何か」「オウムと私は何が違うのか」と悩んでいた私の上にドストエフスキーの稲妻が落ちます。

私は知ってしまいました。もう後戻りすることはできません。

これまで漠然と「宗教とは何か」「オウムと私は何が違うのか」と悩んでいた私に明確に道が作られた瞬間でした。

私はこの問題を乗り越えていけるのだろうか。

宗教は本当に大審問官が言うようなものなのだろうか。

これが私の宗教に対する学びの第二の原点となったのでした。

親鸞とドストエフスキー

僧侶の私がなぜドストエフスキーを学ぶのか―私とドストエフスキーの出会い⑴

地元を離れた東京での学生時代。

「お坊さんになるなら『カラマーゾフの兄弟』を読んでみてほしい」

偶然出会ったある人の言葉が私にとって一生を変えるほどの衝撃をもたらすことになりました。

私とドストエフスキーの初めての出会いをこの記事ではお話ししています。

親鸞とドストエフスキー

オウム真理教とお寺と私―ドストエフスキーとの出会い

前回の記事では「宗教は人間が作ったものではなく、人間の中から生まれてきたのではないか」ということをお話ししましたが、ある日こんな問いを頂きました。

「宗教が人から生まれてきたのなら、新興宗教もそうなの?ならオウムのあの事件はどう考えたらいいの?」

そうなのです。これは非常に重要な問題です。

この問いを私に引きつけて言い換えてみると、

「私はオウムと何が違うのか」

という問いかけになります。

これこそ私が苦しみ続けた、いや今も苦しみ続けている問題なのです。