旅行記

ヴァイシャーリー第三次インド遠征~ブッダゆかりの地を巡る旅

(80)猿王奉蜜の地ヴァイシャーリー~ブッダ逗留の聖地と見事なアショーカ王柱

ブッダ在世時のヴァイシャーリーはリッチャビ族の都で、インド随一の商業都市として栄えていたことが知られています。

ブッダもこの都市には何度となく滞在し説法をしています。そしてここが八大聖地に選ばれたのはブッダの臨終の旅路の重要なポイントであったことと猿王奉蜜の伝説によります。

ケサリア第三次インド遠征~ブッダゆかりの地を巡る旅

(79)世界最大級の仏塔ケサリアへ~ブッダ最後の旅を記念し建てられた巨大遺跡を訪ねて

クシナガラからヴァイシャーリーに向けての道中にあるケサリア大塔。この遺跡は1998年に発掘調査が行われたことで有名になりました。

日本ではあまり知られていないケサリア大塔ですが、世界最大級の仏塔がインドにあるというのは私も意外でした。しかもこの巨大な仏塔が土に埋まっている様も見ることができたのは実に興味深いことでした。

ランバル塚第三次インド遠征~ブッダゆかりの地を巡る旅

(78)ブッダ火葬の地ランバル塚~ブッダは自身の遺骨についてどう考えていたのだろうか

クシナガラの涅槃堂から車で5分ほどの距離にはランバル塚というブッダ火葬の地があります。

ブッダは生前、その火葬の方法を詳しくアーナンダに説いていました。そして自身の遺骨をどうするのかについても語っています。

今回の記事ではそんなブッダの遺骨を巡る問題について考えていきます。

クシナガラ第三次インド遠征~ブッダゆかりの地を巡る旅

(77)ブッダ入滅の地クシナガラへ~独特な形の涅槃堂と早朝の聖地。やはり「寺は朝」!

クシナガラはブッダ臨終の地ということでブッダ八大聖地の中でも特に重んじられている場所です。

境内は広い公園のようになっていて、少し歩くと薄いクリーム色をした涅槃堂が木々の隙間から見えてきます。お寺としてはかなり独特な形状をしているこの涅槃堂。私はこの涅槃堂に夕方と早朝、二度訪れることになりました。

ネパール仏教第三次インド遠征~ブッダゆかりの地を巡る旅

(76)日本と同じ妻帯する仏教の存在!ネパールの独特な仏教事情について

前回の記事ではネパール仏教の象徴スワヤンブナートを紹介しましたが、今回の記事ではそのネパールの独特な仏教事情についてお話ししていきます。特に記事タイトルにあるように、日本と同じく妻帯する仏教がこの国に存在するという点に注目していきたいと思います。

第三次インド遠征~ブッダゆかりの地を巡る旅

(75)ネパール仏教の象徴スワヤンブナート~こちらを見つめる目!目がそこにある!

ネパール仏教の象徴たるスワヤンブナート。この寺院はネパール仏教最古の仏教寺院として知られる世界遺産です。

スワヤンブナートは独特な空気が漂う場所でした。インドともスリランカともやはり違います。そしてやはりあの目です。「ネパールといえばこれ」というほど私の中に強烈な印象を残した場所でした。

パシュパティナート寺院第三次インド遠征~ブッダゆかりの地を巡る旅

(74)ネパールのガンジス、パシュパティナート寺院の火葬場で死について考える

ネパール最大のヒンドゥー教寺院であるパシュパティナート寺院。この寺院はガンジス川の支流バグマティ川に面していて、ここに火葬場が作られています。

ネパール人にとって、ここはインドのバラナシと同じような意味を持つ重要な聖地となっています。私もそのような火葬の現場を見てみたいと思いここを訪れることにしました。

カトマンドゥ第三次インド遠征~ブッダゆかりの地を巡る旅

(73)ネパールの首都カトマンドゥへ~インドとも中国とも違う独特な街並み

カトマンドゥの建築はインドとも中国とも違う独特の建築です。

私が特に気に入った旧王宮の建築は17世紀に作られたものがほとんどで、時代的には比較的最近のものです。しかしこの素晴らしい建築は美術好き、建築好きの心に響くことは間違いないでしょう。

カピラヴァストゥ第三次インド遠征~ブッダゆかりの地を巡る旅

(72)ブッダが生まれ育ったカピラヴァストゥへ~ブッダの王宮は意外と小さい?

ブッダが生まれ育ったカピラヴァストゥ。

やはり現地を歩くと見えてくるものがあります。これまで本の上でしか知らなかった世界がリアルな感触をもって現れてきます。祇園精舎とカピラヴァストゥがこんなにも近い場所にあることも車で走ったからこそ体感できました。現地に来たことでブッダの生活圏が具体的に私の中に染み込んできました。

ルンビニー第三次インド遠征~ブッダゆかりの地を巡る旅

(71)ブッダ生誕の地ネパールのルンビニー、マヤ・デヴィ寺院へ

本日の目的地はブッダ生誕の地ルンビニー。いよいよ国境を越えてネパールに入国します。

ブッダは紀元前463年にお生まれになりました。母のマーヤーが里帰り出産をする帰途で急に産気づき、ここルンビニーで出産することになりました。現在、その場所はマヤ・デヴィ寺院という建物が立つ聖地となっています。