水藤真『中世の葬送・墓制 石塔を造立すること』概要と感想~平安末期から室町に至るまでの葬送事情を知れる参考書

水藤真『中世の葬送・墓制 石塔を造立すること』概要と感想~平安末期から室町に至るまでの葬送事情を知れる参考書
今回ご紹介するのは2009年に吉川弘文館より発行された水藤真著『中世の葬送・墓制 石塔を造立すること』です。
早速この本について見ていきましょう。
中世の葬送・墓制を正面から取り上げた初の書。公家・武家・庶民、さらに男と女の場合など豊富な事例を紹介し、その実態と歴史的変遷を解明。死体遺棄・両墓制など未解明の分野にも光をあて、葬送儀礼の淵源に迫る。
吉川弘文館商品紹介ページより
本書は上の商品紹介にありますように、中世の葬送、お墓についての豊富な事例を見ていくことができる参考書となっています。
この本について著者は次のように述べています。少し長くなりますが中世の葬送事情を考える上で重要な指摘がなされていますのでじっくりと読んでいきます。
本稿では中世の葬送・墓制のさまざまな側面をできるだけ多く見るようにつとめてきた。そのためにかえって分かりにくくなった面もあるかと思う。しかし、その一つ一つが事実の断片なのである。そもそもその方式が単一無二などということは多くの場合ないのであって、むしろ複数の方式が同時に複雑に絡み合いながら存在することの方が、事柄の普通の在り方なのではないだろうかと思う。たまたま政治史・制度史を扱っていると、他権力の存在は自己権力の存在を否定しかねない、ために権カは唯一絶対の存在たらんとし、その制度の領域にくまなく行き渡ることを指向する。だからといって日常生活の隅々にまで制度の完壁な浸透を計ることは元々無理な指向なのではあるまいか。さて葬送・墓制についていえば、
⑴死を穢として嫌い、できるだけ遠くに葬る⇔さして嫌わず近くに葬る、例えば屋敷墓。
(2)手厚く葬る(墓・位牌・寺・御影などさまざまな形で死者を供養し偲ぶ)⇔ほとんど死体遺棄。
など全く相反するようなことが同時に行われていたことはすでに見たとおりである。それはそれぞれに理由のあることであろうが、最大の理由は死が優れて個人に関わることであり、誰しもが逃れ得ないということによる。つまりその時その時の個人の状況に応じて行われたということである。結局慣行・風習が同じであれ、異なるものであれ、それぞれがその状況の中で解決したのである。身分・貧富・生活環境の差によっておのずからなしうることには限界がある。当然外に見える現象は異なって見える。いずれにせよ、多くの場合死者を放置はできない。死者は葬らなければならない。こうして、一見さまざまな葬法が認められるのである。最も簡略な場合は野棄てすなわち死体遺棄を含めてともかく葬られたのである。しかしそれは全くルールなしに行われたのではない。当然一定の方式があり、その中で、身分や経済的度合い、あるいは各人の信仰の在り方によってバラエティーを持った。その遺言によって火葬であったり、土葬であったことは何例も見た。
さて中世の葬送・墓制については、圭室諦成『葬式仏教』、武田聴洲『民族仏教と祖先信仰』などを始め、大変多くの研究がすでにある。また『葬送墓制研究集成』全五巻は非常に大部のもので、もうこれ以上の研究は必要ないかに思われる。しかしである。しかしまだ不明のことも多い。否、不明のことの方が多いのではないかとさえ思われる。何故だろう。その原因の一つには個別研究が多いことが挙げられる。本稿でも見たように葬送・墓制はきわめて個人に関わるものであって、その葬送は千差万別である。この一つ一つをいくら追っても、追えば追うほどさまざまな事例が増えるのみという結果になりかねない。今一つの理由には、葬送・墓制の一般的在り方を追うのではなく、少し変った事例を、その特殊性の持つ面白さに引かれて追い過ぎたのではないか。今一度ごく普通の葬送・墓制、そしてその典型例はどんなだったかを考えてみる必要があるように思うのである。本稿がそうしたことを考える糸口に多少共役立てばこれに勝る喜びはない。
吉川弘文館、水藤真『中世の葬送・墓制 石塔を造立すること』P219-220
ここで述べられたように葬送、墓の形式はとにかく多岐にわたります。本書を読めばその多様さにきっと驚くと思います。
しかし上で問題提起されているように、だからこそ見落とされがちなものもあるというのも重要です。歴史を考える上では目に留まりやすい派手な事象がフォーカスされがちですが、そうではない無数の事象が埋まったままになっている可能性もやはり考慮せねばなりません。
また、「たまたま政治史・制度史を扱っていると、他権力の存在は自己権力の存在を否定しかねない、ために権カは唯一絶対の存在たらんとし、その制度の領域にくまなく行き渡ることを指向する。だからといって日常生活の隅々にまで制度の完壁な浸透を計ることは元々無理な指向なのではあるまいか。」という指摘も見逃せません。これは政治史・制度史だけの問題だけではなく、宗教や思想に面でも当てはまるのではないでしょうか。
例えばですが、私は浄土真宗の僧侶ですが、「開祖の親鸞の教えを大切にしています」と言ったところで、他の真宗僧侶と全く同じ考え、同じ思想、同じ風習や慣例を持っているわけではありません。そこには私固有の信仰や思想、文化があります。それを大きな枠たる「親鸞思想・親鸞の信仰」で全てひとくくりにされてしまうとやはり見えないものが出てきてしまいますよね。
この本では葬送や墓制の様々な事例を見ていくことになりましたが、歴史や宗教そのものについても改めて考えさせられることとなりました。
以上、「水藤真『中世の葬送・墓制 石塔を造立すること』概要と感想~平安末期から室町に至るまでの葬送事情を知れる参考書」でした。
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中世の葬送・墓制 石塔を造立すること (歴史文化セレクション)
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