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今谷明『天文法華の乱』概要と感想~1530年代京都で起きた宗教戦乱の実態に迫るおすすめ参考書

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今谷明『天文法華の乱』概要と感想~1530年代京都で起きた宗教戦乱の実態に迫るおすすめ参考書

今回ご紹介するのは2024年に戎光祥出版より発行された今谷明『天文法華の乱 戦国京都を焼き尽くした中世最大の宗教戦争』です。

早速この本について見ていきましょう。

将軍不在の戦国京都をおもな舞台に、諸勢力が入り乱れ、戦った洛中洛外バトルロワイヤル!
京都を炎上させたその被害は、あの応仁の乱よりも大きいとされる。
日本中世史上最大の宗教戦争ともいわれるこの大乱は、どうして起こってしまったのか?!
戦国畿内をめぐる壮大な事件史がよみがえる!!

Amazon商品紹介ページより
京都 日蓮宗大本山妙顕寺 Wikipediaより

本書『天文法華の乱 戦国京都を焼き尽くした中世最大の宗教戦争』は私達の常識を覆す衝撃的な1冊です。

皆さんは1536年に起きた「天文法華の乱」という事件をご存じでしょうか。高校の日本史の教科書にも登場するこの事件ではありますが、この事件について詳しく知っている方はほとんどいないのではないでしょうか。かく言う私もその一人でした。この事件について本書冒頭で次のように述べられています。

天文五年七月に京都を舞台に勃発した日蓮宗と天台宗との戦争、あるいは天文元年(一五三二)七月以来同五年七月までの丸四年間、京都の町を宗教的興奮と熱狂のるつぼと化し、市政をほぼ掌握した法華一揆の洛中支配とその終焉を、宗門の側では〝天文法難〟、歴史家は〝天文法華の乱〟または〝天文法華一揆〟と呼んでいる。たんにわが国宗教史上の大事件にとどまらず、戦国史上、民衆運動史上の大事件といってもよい。何しろ将軍家の膝元、当時日本の中心地で起こった政治的事件でもあるのだ。高等学校の教科書でも当然言及されている。

ところが、この法華の乱について記した単行本というのは、現在のところ(一九八八年)まったく発行されたことがなく、研究についても極めて少ない。法華一揆とほぼ時を同じくして蜂起し、法華一揆が最も激しく対立した一向一揆が、多くの研究書と啓蒙書、研究論文に汗牛充棟もただならない状況と比べて、あまりに対照的である。法華一揆の研究が低調なのは、一つに宗門の側の研究者がこれに消極的なことによるところが大きいが、一つには歴史学の側における自治都市研究のあり方にも規定されている。ありていに忌憚なくいえば、現在の歴史学界には、はっきりとは表明されないが、
一向一揆=善
法華一揆=悪
なる暗黙の前提というかムードがある。なるほどこういうレッテル貼りは、その根拠を理解できなくもないが、複雑な事件の背景がこのように単純に規定されてよいはずはない。本書ではこの特異な事件を一種の革命運動として理解し、ドキュメントとしてその経過をたどっていこうと思う。

お断わりしておきたいのは、従来このような宗教的事件の研究者は宗門の人々が大部分であり、まま護教的叙述に終始する向きも無くはないが、著者は宗門とは一切無関係な人間であるという点である。宗門はおろか、著者は現在無宗派であり、家門はキリスト教である。

したがって、本書はいずれかの宗派宗門からのためにする記述ではまったくないという点をまず表明しておきたい。著者自身は必ずしもこのテーマでの執筆適任者とは思わないが、右のような著者の立場は、あるいはこのような宗教的事件の叙述者として、有利な点であるかもしれない。

戎光祥出版、今谷明『天文法華の乱 戦国京都を焼き尽くした中世最大の宗教戦争』P12-13

ここで述べられましたように室町、戦国時代において「一揆」といえばおそらく「一向一揆」を皆さん思い浮かべることかと思いますが、この本では「法華一揆」の存在についても詳しく知ることができます。「一揆」は何も一向宗(浄土真宗)の専売特許ではないのです。

室町、戦国期はとにかく複雑です。なぜ京都で日蓮宗が急拡大し、1536年に京都を焼き尽くす大事件が起きるほどになってしまったかということには多種多様な背景が絡んできます。まさに宗教は宗教だけにあらず。本書ではそんな複雑怪奇な政治経済、時代背景を時系列に沿って読み解いていきます。

特に浄土真宗の僧侶の方はこの本を読めばかなり驚くと思います。浄土真宗も室町、戦国期に急拡大した宗派です。蓮如の布教によって本願寺教団が拡大したのは事実でありますが、やはりそこにもこの時代特有の時代背景が存在しています。その時流にうまく乗ったからこその教線拡大であったのでありました。

本書ではこの室町、戦国期に急拡大した日蓮宗、浄土真宗の相互関係についても詳しく知ることができます。この時代、とてつもないことが起きていたのです。驚くこと間違いなしです。

また、京都における日蓮宗の成長についてより詳しく知りたい方には藤井学著『法華宗と町衆』という研究書もおすすめです。かなり本格的な研究書ですが、なぜ京都で日蓮宗が受け入れられたのか、そしてその武力の源泉はどこにあったのかということまで詳しく学ぶことができます。この本も合わせて読むことで室町・戦国時代の京都をもっと知ることができるでしょう。

以上、「今谷明『天文法華の乱』概要と感想~1530年代京都で起きた宗教戦乱の実態に迫るおすすめ参考書」でした。

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天文法華の乱 改訂新版 戦国京都を焼き尽くした中世最大の宗教戦争

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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