草野顕之『親鸞伝の史実と伝承』概要と感想~真宗大谷派の立場から見た歴史的親鸞像のひとつとしておすすめ

草野顕之『親鸞伝の史実と伝承』概要と感想~真宗大谷派の立場から見た歴史的親鸞像のひとつとしておすすめ
今回ご紹介するのは2022年に法藏館より発行された草野顕之著『親鸞伝の史実と伝承』です。
早速この本について見ていきましょう。
人びとは親鸞のどのような姿を後世に伝えようとしたのか。伝承を史実に照らし合わせることを通して、親鸞伝の諸相を明らかにする。
Amazon商品紹介ページより
本書について著者は次のように述べています。本書の立場についてわかりやすく説かれていますので少し長くなりますがじっくり読んでいきます。
去る二〇一一年に親鸞七五〇回忌が勤められましたが、それを記念して、真宗大谷派は『シリーズ親鸞』全十巻を筑摩書房から刊行しました。私はその時、シリーズ全体の監修補助(監修・小川一乗氏)を担当するとともに、同シリーズの一冊である第六巻「親鸞の伝記ー『御伝鈔』の世界』二〇一〇年九月刊、二〇一八年に東本願寺出版「真宗文庫」)を執筆いたしました。この『親鸞の伝記ー『御伝鈔』の世界』は、親鸞伝を『御伝鈔』に基づいて叙述するという趣旨で、シリーズの一冊に加えられたのですが、同書を執筆しながら気がかりだったことは、確かに『御伝鈔』は親鸞伝の白眉であり、『御伝鈔』なしで親鸞伝を叙述するのは不可能ではあるものの、内容の全てが史実の親鸞伝を描いたものかと言えば、決してそうではないということでした。
詳しくは本書を読んでもらいたいと思いますが、『御伝鈔』の筆者である覚如は、親鸞示寂後八年目に誕生した人物で、親鸞にとっては曽孫に当たるものの、親鸞に直接会ってはいません。ですから、『御伝鈔』を書こうとしたときには、親鸞をよく知る祖母の覚信尼(親鸞の末娘)や父の覚恵(親鸞の孫)から親鸞についてのさまざまな情報を得たのでしょうが、それだけでは不十分で、父の覚恵とともに東国の親鸞の遺跡を巡って、親鸞の門弟らに東国時代の親鸞の姿について取材をしています。
ところが、この覚如の取材活動はあまり上手くいかなかった模様で、『御伝鈔』には東国での親鸞の活動は、山伏を教化した話くらいで、それほど多くは述べられていません。また、東国で親鸞の教化を受けた門弟の平太郎が、京都に戻った親鸞を訪ね、紀伊国の熊野大社に詣ることの是非を問うた話は、明らかに東国に残された話をアレンジしたものと考えられます(五章参照)。
こうしたことから、私は先の『親鸞の伝記ー『御伝鈔』の世界』を書いた頃から、「親鸞伝の史実と伝承」という観点で、今に残るさまざまな親鸞伝の諸相を明らかにしようという取り組みを始めました。その対象や方法は、テーマ(各章)ごとに異なっていますが、例えば『御伝鈔』に書かれ、これまで史実と考えられていたことであっても、あるいは覚如による伝承の再編ではないかと考えてみました。また、『御伝鈔』には収録されていない全国各地の親鸞伝承を、覚如は『御伝鈔』に収録しなかったものの、親鸞伝を語る重要な伝承ではないかとも考え、それがもつ意味を明らかにしようとも試みました。さらに、種々の歴史的事情から、明らかに親鸞に仮託して制作された親鸞伝もあるとも考えました。
こうして、今に残るさまざまな親鸞伝を俎上に載せて検討してきましたが、こうした作業を通して、これまで曖昧ななかにおかれていた親鸞伝の史実と伝承を、少しでも明らかにできたのではないかと思います。
法藏館、草野顕之『親鸞伝の史実と伝承』Pⅰーⅲ
ここで述べられますように、本書は真宗大谷派の出版事業の中から生まれた親鸞伝になります。ですので大筋としては真宗大谷派の公式見解とも言える最新の親鸞伝ということができるのではないでしょうか。もちろん、真宗大谷派としては『御伝鈔』が最も重要な伝記というのは間違いないでしょうが、史実をどう受け止めていくかという現代的な問題と向き合ったのが本書と言えるかもしれません。
これまで当ブログでは歴史学者の視点から書かれた親鸞伝たる平雅行著『歴史のなかに見る親鸞』や、今井雅晴著『親鸞聖人の一生』、そして宗教思想学者の末木文美士著『親鸞 主上臣下、法に背く』を紹介してきましたが、それとは異なる宗門からの立場から書かれた親鸞伝ということで私はこの本を手に取ったのでありました。
私自身、大谷大学大学院で真宗学を学んだ人間ですので大谷派の教義や歴史観には親しみがあります。そうした親しみがある分を差し引いても、本書は上で紹介した伝記よりも穏健な印象を受けました。
平氏や末木氏の伝記では仏教教団に対してラジカルな言説も見られるのですが、それらと比べると「あぁ、やはり御本山の伝記だなぁ」という思いが浮かんできます。もちろんこれは悪く言っているのではありません。教団の外から鋭く切り込む学者の世界と、宗門の世界は異なります。もちろん、著者の草野氏が学問的ではないと言っているわけではありません。本書に説かれる内容は資料に基づいたかっちりとした研究書です。ですがそれでも平氏や末木氏とは異なる語り口を随所に感じることになりました。こうした語り手の立場の違いというものを考えながら読むのも私としては大いに学びになります。そういう意味でも私は本書を読むことができてとてもよかったと思っています。
ただ、一点特に気になるところもあります。それが親鸞の妻恵信尼が何者であるかという点についてです。草野氏は今井雅晴氏が提唱した恵信尼京都出身説を採用し、「事実上決着した」と述べておられますが、その根拠について平雅行氏は『歴史のなかに見る親鸞』で反論を述べています。
そしてさらにその根拠となった「恵信尼文書」の助動詞「き・けり」の用法について『親鸞聖人七百五十回御遠忌論集下巻 親鸞像の再構築』所収の沙加戸弘「『恵信尼文書』管見」という論文では今井氏の説が成り立たないことが論じられています。
私もそちらを読んだのですが、たしかに沙加戸氏の説によれば今井氏の恵信尼京都出身説の根拠が揺らぎます。そうなると事実上この問題は決着したとは言い難いのではないかと私には思えました。
『歴史のなかに見る親鸞』や『親鸞 主上臣下、法に背く』の記事でもお話ししましたが、親鸞にはわからないことが多々あります。詳しくはそれぞれの本を読んで頂きたいのですが、こうした見解の相違があることもお知らせしたいと思いお話しさせて頂きました。
以上、「草野顕之『親鸞伝の史実と伝承』概要と感想~真宗大谷派の立場から見た歴史的親鸞像のひとつとしておすすめしたい親鸞伝」でした。
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