MENU

上島享『日本中世社会の形成と王権』概要と感想~平安中期からの仏教と政治の関係を詳しく知れる大著

日本中世社会の形成と王権
目次

上島享『日本中世社会の形成と王権』概要と感想~平安時代の仏教と政治の関係を詳しく知れる大著

今回ご紹介するのは2010年に名古屋大学出版会より出版された上島享著『日本中世社会の形成と王権』です。

早速この本について見ていきましょう。

新たな時代たる中世を形づくった巨大な力とは? 唐帝国の衰滅を機に、10世紀から始まる中世社会・王権の形成過程を、政治・宗教文化・社会経済にわたって動態的に描き出し、中世という時代の本質を捉えた画期的な全体史。手堅い史料の読みから数々の創見がほとばしり、歴史像を転換する。

【受賞】
・第33回「角川源義賞」

Amazon商品紹介ページより

本書『日本中世社会の形成と王権』は最近の日本史の本の中でも稀に見る大著です。

この写真を見て頂ければわかりますように、とてつもない分厚さです。ページ数はなんと950頁超!俗に言う枕本と言われるサイズ感です。

さて、この大著の目次を見ていきましょう。

【主要目次】
序 章 本書の目的と視角

  第Ⅰ部 新たな社会の形成と中世王権

第1章 中世王権の創出とその正統性 ―― 中世天皇の特質
    はじめに
    第1節 天皇の変貌と承平・天慶の乱
    第2節 天皇を権威化する神々
    第3節 長元4年の斎王託宣事件再考
    第4節 大日如来・アマテラス・天皇 —— 王権と密教
    第5節 中世日本紀の形成 —— 神統譜をめぐって
    第6節 神国観と三国観 —— 中世日本の世界観
    第7節 中世人の国土観と世界認識
    第8節 アマテラスの変貌と伊勢神宮 —— 天神から地神へ
    第9節 一国平均役 —— 伊勢神宮の民衆的基盤の形成
    おわりに

第2章 藤原道長と院政
    はじめに
    第1節 藤原道長の政治 —— 摂関家の形成
    第2節 法成寺の創建と「権者」道長
    第3節 院政の成立
    おわりに —— 中世都市京都の形成と権門体制の特質

第3章 中世宗教支配秩序の形成
    はじめに
    第1節 中世神祇秩序と中世神観念の形成
    第2節 王権による支配秩序の形成 —— 新たな神仏習合の展開
    第3節 受領の活動と国内宗教秩序の形成
    おわりに

第4章 大規模造営の時代
    はじめに
    第1節 〈火災の時代〉——〈大規模造営の時代〉の幕開け
    第2節 大規模造営を支えた実務組織
    第3節 大規模造営での工人の活動
    第4節 造営方式の変遷と社会的意義
    第5節 大規模造営の盛行 —— 院政期
    おわりに —— 院政期造営事業の社会的意義と〈大規模造営の時代〉の終焉

  第Ⅱ部 中世王権と宗教

第1章 日本中世の神観念と国土観
    はじめに
    第1節 勝覚筆『護持僧作法』の世界 —— 密教僧による世界観
    第2節 法会に来臨する神々 —— 顕教法会の世界観
    おわりに —— 神国思想への展望
    【史料翻刻】『護持僧作法』(随心院聖教 第一七箱二号)

第2章 中世国家と仏教
    はじめに
    第1節 平安初期の顕教
    第2節 摂関期の仏教
    第3節 院政期仏教秩序の形成と展開
    第4節 顕密体制の終焉
    おわりに ——〈中世〉を考える

第3章 法勝寺創建の歴史的意義 ―― 浄土信仰を中心に
    はじめに
    第1節 白河地域の景観とその特質
    第2節 浄土信仰・葬送・追善と法勝寺
    むすびにかえて —— 法勝寺の歴史的位置

第4章 〈王〉の死と葬送 ―― 穢と学侶・聖・禅衆
    はじめに
    第1節 鳥羽院の臨終と葬送
    第2節 「臨終行儀」と善知識 —— 遁世僧の活動
    第3節 葬送と穢観
    第4節 山陵・仏堂と穢
    第5節 墓所と三昧堂
    第6節 御願寺と山陵 —— 陵寺の変化
    第7節 法華堂と法華懺法
    おわりに —— 禅律僧と三昧・三昧僧

第5章 中世神話の創造 ―― 長谷寺縁起と南都世界
    はじめに
    第1節 長谷寺の本寺をめぐって
    第2節 もうひとつの長谷寺信仰 —— 大念仏衆の活動をめぐって
    第3節 諸縁起類の生成
    第4節 中世南都世界の形成と長谷寺
    おわりに

  第三部 中世王権の財政構造

第1章 経費調達制度の形成と展開
    はじめに
    第1節 一国平均役の確立過程
    第2節 地下官人の成功
    第3節 受領の成功

第2章 造営経費の調達
    はじめに
    第1節 内裏・里内裏の造営
    第2節 御願寺の造営
    第3節 経費調達よりみた平安後期国家財政

第3章 庄園制と知行国制
    はじめに
    第1節 中世庄園制の形成過程 ——〈立庄〉再考
    第2節 国司制度の変質と知行国制の展開

第4章 中世王権・国家の形成と財政構造
    はじめに
    第1節 一国平均役 —— 中世王権の確立過程
    第2節 在地社会の変容と庄園制・知行国制の形成
    第3節 私的奉仕の制度化 —— 道長から院権力へ

終 章

注 / あとがき / 図表一覧 / 事項索引 / 人名索引

Amazon商品紹介ページより

もはや目次だけでもお腹いっぱいですが、僧侶である私にとってやはり興味深かったのが第二部の「中世王権と宗教」の章でありました。

本書冒頭で著者が、

古代や近世・近現代とは異なる日本中世の特徴をひとつ指摘するなら、宗教文化が社会全体に大きな影響力を持った時代だという点をあげたい。政治と宗教とは密接不可分に結びついており、社会経済や民衆などについて論じる場合も、宗教文化に対する理解は不可欠なものであると考える。かかる認識のもと、本書は宗教文化・思想に重きを置いて、中世社会の形成の全体像を論じることとする。

名古屋大学出版会、上島享『日本中世社会の形成と王権』Pⅰ

と述べるように、この本では歴史を政治や経済だけの面から見るのではなく、宗教との相互作用であることが重要視されます。

これは一見当たり前のように思われるかもしれませんが、政治史の歴史を研究する学者が文献や政治史関連の出来事に重きを置き、宗教や文化との関連があまり視野に入ってこないということはよくある話なようです。これは逆も然りで、宗教を研究する学者がその教義や思想、信仰に重きを置きすぎて政治経済との関係性への視野が希薄になってしまうということがどうしても起きてしまいます。

それはそうですよね。時間は有限です。全てのものを研究し尽くすというのはあまりに困難です。それゆえそれぞれの研究者が自身の専門分野を突き詰めていくわけですが、それによって専門分化が進み全体像が失われていくという悲劇があります。

もちろん、こうした問題をふまえてこれまで幾多の学者が歴史の全体像を構築してきたのでありますが、本書はそうした歴史をふまえて著者渾身の歴史の全体像を提示する作品となっています。

こうした著者の姿勢に対しては私自身、深く共感するものがありました。と言いますのも、私がこれまで仏教や宗教を学ぶ際に心掛けていたのがまさに「宗教は宗教だけにあらず」という原則だったからです。宗教は信仰や儀礼、教義だけでできているのではなく、当時の時代背景、政治経済、文化、民族、国際情勢など様々なものが影響し合ってできているというのが私の考え方のベースにあります。だからこそ私は宗教を学ぶ際にその地の歴史や文化、政治経済についての本も読むことにしています。

というわけで、この大著の入り口からして私は期待感を持って読むことになりました。

ただ、さすがは歴史学会でも高く評価された研究書です。日本史の専門家ではない私が読むにはかなり厳しい内容でした。

とはいえ、ひとつひとつのトピックについては私の守備範囲外ではあっても読んでいく内にそれらがつながり、なぜ平安時代の仏教がそのような展開をしていったかというのがだんだん見えてきました。特に先ほども述べた第二部の「中世王権と宗教」では意外な事実が次々と明かされ、メモを取るのが大変なほど新たな知見が語られます。まさに「え!そういうことだったの!?」という驚きですね。

その中でも特に「おぉ!」と膝を打ったのが次の箇所です。前後の文脈の流れまではここでは追えないので少しわかりにくいかと思いますがせっかくなのでじっくり読んでいきます。

一〇世紀後半以降、寺院は多様な階層を取り込み、学侶、行人・堂衆、承仕・公人といった中世寺院を構成する諸階層の形成が進む。

公卿の子弟の入寺も相次ぎ、身分的には貴種が学侶の最上層部を担った。鎌倉期の興福寺では、維摩会の竪者は「良家分」と「凡人分」に分かれ、「良家分」には貴種・良家出身者が二十歳前後で選ばれたのに対し、「凡人分」には寺内法会で研鑽を積んだ五十歳前後の学僧が選ばれている。貴種・良家出身者は若くして維摩会講師を勤め僧綱へと昇進し、やがて別当となる。

院政期以降、寺内での身分は世俗での出身身分にほぼ対応し、寺院の世俗化が進んでいく。それにともない、竪義をはじめとする諸法会が持っていた、学僧の教学研鑽の場としての意味が形骸化したようにみえる。

しかし、貴種・良家出身者は若くして三講など朝廷の論義会の講師を勤めるが、講師は南都・天台の学僧や公卿など多くの者が見守るなかで、自己の経論解義能力を披露するわけで、僧侶としての資質そのものをさらけ出すことになる。良家出身者でもその勉強量は驚く程で、彼らは日常的に竪義を頂点とする寺内の論義会で研鑽を積んでいた。また、貴種には、しかるべき学僧が師範となり指導にあたっていた。

院政期以降、寺内では世俗身分に対応した僧侶養成が図られるが、経論解義を重視した養成が行われていたことには変わりない。貴種であれ、「学」の研鑽を積み宗教者としての資質を備えていてはじめて学僧たりえたことを忘れてはならない。

名古屋大学出版会、上島享『日本中世社会の形成と王権』P448-449

そうです!まさにこの箇所は私がずっと疑問に思っていたことに対して完璧な答えを与えてくれたのです。

仏教史だけでなく日本史を習う際、よく私が耳にしていたのは平安時代の仏教は貴族が入ってから堕落し、そうした堕落状態に反発して鎌倉仏教が生まれてきたというものでした。何も知らなかった頃はそうした教育に全く疑問を持つことなくその説を受け入れていましたが、日本史や仏教史を学べば学ぶほど平安仏教堕落説が実態と異なっていることを知りました。こうした歴史観は戦後のマルクス主義が日本史学に大きな影響を与えていたことが本書冒頭でも説かれています。つまり、上流階級たる貴族や体制側が悪で、武士や農民が革命主体たる善であるという考え方ですね。

この考え方が日本歴史学において全く成立しないことは本書だけでなく多くの本でも説かれていますのでここではこれ以上はお話しできませんが、重要なことは「貴種であれ、「学」の研鑽を積み宗教者としての資質を備えていてはじめて学僧たりえたことを忘れてはならない。」と著者がまとめている点です。

いくら上流貴族の息子だからといって、僧侶として厳しい研鑽を積んでいなければ僧侶として認められない世界があったのです。貴族に生まれたから楽して偉い僧侶の地位で安穏としていられるなどという甘い世界ではなかったのです。

それこそ「貴種・良家出身者は若くして三講など朝廷の論義会の講師を勤めるが、講師は南都・天台の学僧や公卿など多くの者が見守るなかで、自己の経論解義能力を披露するわけで、僧侶としての資質そのものをさらけ出すことになる。」という著者の指摘は僧侶である私にとっては痛いほどわかります。

私は貴種でも何でもありませんが、儀式執行というのはとにかくおっかないものなのです。多くの人が見ている中で絶対にミスすることができない緊張感・・・。しかも朝廷の最高レベルの儀式の内容となるとその難易度は想像するだけでめまいがします。これは並みの鍛錬でできるものではありません。

また、当時の儀式は経典の内容を議論することが主であったため、深い学識が要求されます。付け焼刃の知識では全く太刀打ちできないレベルです。だからこそ「良家出身者でもその勉強量は驚く程」だったのでしょう。

それに、そもそもですが、良家に生まれたということは幼い頃から超一流の教師による英才教育が施されていたはずです。つまり、お寺に入る前からかなりの教養や勉学の基礎体力がついていたことでしょう。その状態でさらに高僧から仏教教学を叩き込まれるのですからそれはとてつもないレベルに到達してもおかしくありません。

読み書きもできず、基礎教養もない人間が出家して学んだところで、その差はスタート地点から歴然としたものがありましょう。これでは良家の子弟が位の高い僧侶になるのも仕方ありません。もちろん、だからこそそうした学問の場を離れて修行者として名を馳せたり、民衆の近くで布教する僧侶が現れてくるわけでもあります。

そしてさらにそもそもではありますが、なぜ当時の儀式において学識が高い僧侶が重んじられたかというと、朝廷がそれを望んだからなのですが、この背景がまた興味深いのです。本書ではそうした時代の流れをかなり詳しく見ていきます。この流れもこれまでの歴史学でほとんど語られてこなかったものなので、非常に刺激的でした。

他にも紹介したい箇所は山ほどあるのですが、これほどの大部の作品をコンパクトに紹介するのはさすがに厳しいです。これ以上は私の手に余りますのでここから先はぜひ皆さんで確かめて頂ければと思います。

歴史の入門書とてはおすすめできませんが、本格的な研究書をお求めの方にぜひおすすめしたいです。

特に、仏教を日本史の観点からも本気で学びたい方には必読の一冊であると思います。これはものすごい一冊です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「上島享『日本中世社会の形成と王権』概要と感想~平安中期からの仏教と政治の関係を詳しく知れる大著」でした。

Amazon商品紹介ページはこちら

日本中世社会の形成と王権

日本中世社会の形成と王権

前の記事はこちら

あわせて読みたい
村山修一『比叡山史 闘いと祈りの聖域』概要と感想~比叡山内の抗争、僧兵の歴史を知るのに特におすすめ... 本書はタイトル通り、比叡山内における抗争と宗教的な伝統について詳しく知れる超一級の資料となっています。 特に本書では僧兵の成り立ちと、なぜ比叡山内での武力抗争が相次いで起こったのかということに注目して解説されていきます。 そもそも僧兵はどこから現れたのか。彼らは何者なのか。本当に僧侶なのか? こうした素朴な疑問もこの本を読めば解決します。

関連記事

あわせて読みたい
多賀宗隼『慈円』概要と感想~『愚管抄』で有名な天台座主の真摯な求道に胸打たれる!親鸞が比叡山にい... 私はこの慈円の伝記に非常に強い感銘を受けました。親鸞聖人がおられた頃の比叡山を知りたいという思いから手に取った本書でしたが、実に素晴らしい作品でした。 当時の時代背景や慈円の熱烈な仏道修行、そして天台座主としての苦悩などさまざまな発見がある名著です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
あわせて読みたい
平林盛得『良源』概要と感想~荒廃した比叡山を復興し、横川の念仏信仰や学問道場を再興した傑僧のおす... 本伝記は10世紀中頃から後半にかけて活躍した比叡山天台座主良源の生涯や当時の時代背景を知れるおすすめ作品です。 源信を育てた師匠としての良源に私は深い敬意を抱いています。
あわせて読みたい
下坂守『京を支配する山法師たち』概要と感想~比叡山と経済界の繋がりを知れる刺激的な一冊! 本書では比叡山延暦寺の権力基盤、経済基盤がどこにあったのかを詳しく見ていきます。特に嗷訴とはいかなるものだったのかという解説は非常に興味深いです。なぜ朝廷や幕府は嗷訴をここまで恐れなければならなかったのかというのは非常に重要な問題です。実は単に神罰が恐ろしいからという迷信的な理由だけではなかったのです。
あわせて読みたい
大隅和雄『愚管抄を読む 中世日本の歴史観』概要と感想~慈円の思想や当時の時代精神を学ぶのにおすすめ... この本はとてつもない名著です。慈円の『愚管抄』を題材に当時の時代背景や神仏の世界について新たな視点で考えていける素晴らしい作品です。紹介したい箇所が他にも山ほどありすぎてこの記事では到底紹介しきれません。それほど刺激的な解説が満載です。 これから先も私は何度もこの本を読み返すことでしょう。平安末期から鎌倉時代初頭にかけての時代精神を考える上で必読と言ってもよい名著です。
あわせて読みたい
慈円『愚管抄 全現代語訳』概要と感想~天台座主慈円による歴史書。慈円は法然教団をどう見たのか 比叡山側が法然教団をどのように見ていたかを子細に記録に残したこの『愚管抄』は非常に貴重な歴史資料です。私達浄土真宗側は弾圧された被害者としてその歴史を叙述しましたが、それに対する立場からの言葉も聞いていく必要があるのではないでしょうか。
あわせて読みたい
小原仁『源信』概要と感想~『往生要集』で有名な天台僧のおすすめ伝記!比叡山の高度な学問事情も知れ... 本書は学問の総本山としての比叡山で学びを深めた源信の生き様を詳しく見ていけます。 本書は「『往生要集』の源信」にとどまらない様々な発見がある名著です。当時の時代背景も知れるおすすめ作品です。
日本中世社会の形成と王権

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

目次