加納重文『九条兼実』あらすじと感想~法然教団を支援した大貴族の生涯を知れるおすすめ参考書

加納重文『九条兼実』あらすじと感想~法然教団を支援した大貴族の生涯を知れるおすすめ参考書
今回ご紹介するのは2016年にミネルヴァ書房より発行された加納重文著『九条兼実』です。
早速この本について見ていきましょう。
当時の史実を伝える一級史料として知られる膨大な公家日記『玉葉』を遺した九条兼実。平安の時代を一挙に崩壊させた保元・平治の乱、平家の滅亡、後白河院との確執、そして法然よりはじまる新仏教……動乱の時代のさなか、摂関藤原家に生まれたばかりに数奇な運命を余儀なくされた、ひとりの貴族の哀歓を浮き彫りにする。
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本書の主人公九条兼実は浄土宗や浄土真宗の僧侶には非常に馴染み深い人物です。
と言いますのも、九条兼実は摂関家の大物貴族で法然教団を支援したことで知られています。しかも法然の主著『選択本願念仏集』もこの九条兼実の求めによって書かれました。法然教団にとってそれほど大きな存在が九条兼実という人物なのです。
ただ、この九条兼実ですが「法然教団の支援者」としての姿は私達真宗僧侶もすぐに思い浮かぶのですが「ひとりの政治家」としての彼の生涯となると意外とわかりません。
九条兼実が法然と初めて面談したとされているのは1189年のことです。これは兼実が40歳の頃です。この3年前の1186年に彼は念願の摂政へと出世したところでした。不運なことに最愛の息子を喪ったのもこの1186年ということで、その悲しさから法然との結びつきが生まれたとも言われています。
さらにそもそもでありますが、法然は1133年に生まれ、1175年に専修念仏に目覚め比叡山を下りています。その後京都郊外の吉水でひっそりと生活をしていましたがやがて人に知られるようになり1186年の大原問答で一躍脚光を浴びることになります。ここで重要なのは兼実がこの大原問答の直後には法然を訪れていないということです。兼実自身は摂関家の出身ですのですでに比叡山や南都興福寺などとも非常に深いつながりがあります。弟の慈円は兼実の摂政就任に伴って比叡山のトップ天台座主にもなっています。そう考えるとすでにお寺や僧侶との強いつながりがありながら法然教団と近づいていくというのはどのような意図があったのでしょうか。
もちろん、最愛の息子や妻の死など、世の無常を感じ法然の念仏教団に惹かれたというのが根本でありますでしょうが、そうだとしても簡単にはそこに行けない藤原家の事情もあったはずです。しかしそれでもなお法然と深い関係を持とうとした。そこに私の関心があります。そもそも兼実とは何者だったのか。どのような生い立ちでどのような性格の持ち主だったのか。法然教団と関係を持った頃の兼実はどのような状況だったのか、またそこに至るまでの彼の政治的な道のりはどのようなものだったのか、そのことを知りたいと思い本書を手に取ったのですがこれはもう驚くことばかりでした。
上でも述べましたが私達は「大貴族九条兼実」というイメージを持ちがちですが、実際の兼実はいかにも頼りない人物だったようです。体が虚弱ということで重要な会議でも頻繁に欠席し、上皇から意見を求められても「上が決めたことに従います」としか言わないため上皇やその他の公卿からも信頼されることがなかったようです。(しかもこの病欠も仮病であったことが多々あり、面倒ごとに巻き込まれないための方便だった可能性もあります。重要な場面で責任を回避しようとするこうした態度では上司からの信頼は得られないのも仕方ありませんよね。これは本書でも度々指摘されています)
そして兼実自身としては儀式執行の専門家として、古くからの儀礼作法や慣習を守ることに力を注いでいたとのこと。このことが後白河法皇や後鳥羽上皇、源頼朝など新時代を作り上げようとした彼らからも疎まれる原因になります。
この本を読めば兼実の「辣腕を振るう藤原摂関家の大貴族」というイメージが完全に崩壊します。悪い人ではないのですが、何とも煮え切らない中途半端な堅物、そして決断、行動をしない日和見主義・・・。それもこの激動の時代を生き抜く処世術と言えばそれまでなのですがそれにしても何とも意外な姿でありました。
ただ、こうした雌伏の時を経て彼は実際に1186年に念願だった摂政に就き、1196年に源道親に失脚させられるまでは一応の栄華を誇ってはいました。この地位に就き10年近くも政治の中心にいたのですからやはりこの人物は凡庸な人間ではなかったのです。そう考えると、仮病や日和見的な対応も実はその場を生き抜く老獪な戦略だったとも言えるかもしれません。現にそうした兼実だったからこそ激動の時代を生き抜き摂政になったことは見逃せません。
本書ではこうした地味で煮え切らないこの政治家の生涯をじっくりと見ていきます。私達の先入観を覆すという面でこの本は非常に貴重です。とはいえ、この本は入門書としてはかなり難しいです。平安末期、特に保元の乱、平治の乱の展開をある程度知っていなければ読むのも難しいと思います。ですがある程度歴史の流れを知った上で読めば意外な発見ができること間違いなしです。本書後半では兼実と法然教団との関わりについても語られますので浄土宗、浄土真宗関係の方には特に興味深いものがあるのではないかと思います。欲を言えばもっと法然教団との関わりについて掘り下げてほしかったのですが、ある意味兼実の生涯においてはそこまでページ数を割くほどの記録も残っていないということ自体がその意味をなしているのかもしれません。
いずれにせよ、本書は九条兼実のイメージを覆す刺激的な伝記です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
以上、「加納重文『九条兼実』あらすじと感想~法然教団を支援した大貴族の生涯を知れるおすすめ参考書」でした。
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九条兼実 社稷の志、天意神慮に答える者か (ミネルヴァ日本評伝選)
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