川勝義雄『魏晋南北朝』あらすじと感想~名著中の名著!中国の輝かしい暗黒時代とは?中国史の見方が変わるおすすめ作品!
川勝義雄『魏晋南北朝』概要と感想~名著中の名著!中国の輝かしい暗黒時代とは?中国史の見方が変わるおすすめ作品!
今回ご紹介するのは2003年に講談社より発行された川勝義雄著『魏晋南北朝』です。
早速この本について見ていきましょう。
<華やかな暗黒時代>に中国文明は咲き誇る秦漢帝国の崩壊がもたらした混乱と分裂の四百年。専制君主なき群雄割拠の時代に、王義之、陶淵明、『文選』等を生み出した中国文明の一貫性と強靱性の秘密に迫る
Amazon商品紹介ページより
はじめに言わせてください。
「これはものすごい名著です!名著中の名著です!」
いやぁ~ものすごい本でした。
これまで当ブログでも紹介してきたように中国史の本は名著が多いのですが、この本はその中でも特にピカイチの輝きでした。
本書『魏晋南北朝』はそのテーマそのものはメジャーどころではありません。中国史のメジャーどころといえば三国志や隋唐時代が来ることでしょう。しかし本書ではその狭間の時代である魏晋南北朝時代にスポットが当てられます。
秦漢帝国から三国時代、魏晋南北朝を経て隋唐帝国へとつながっていく中国。
漢が滅亡してから次の中華統一がなされるまでのおよそ450年、中国は乱世の世でした。しかも「魏晋南北朝」と呼ばれるように中国は北と南で国家が分断し、さらにはその領内においても騒乱が続くことになります。
たしかにこの乱世の世は暗黒時代というイメージになってしまうのも仕方ないかもしれません。しかし著者はこの戦乱の時代を「輝かしい暗黒時代」と表現します。この戦乱の時代こそ中国文明の深化を促し、隋唐時代への布石になったと捉えるのです。著者は冒頭で次のように述べています。
そもそも、乱世とは激動の時代である。人びとのエネルギーが沸騰して、停滞を許すことのない時代である。孟子が「一乱」の時代と考えた、かの春秋戦国時代こそ、孔子をはじめ、諸子百家の学が斉放して、中国文明の水準を一挙にひきあげた輝やかしい時代であった。政治的な乱世は、文明の花ひらく華やかな時代となりうること、洋の東西を問わない。われわれの魏晋南北朝時代もまた、けっして暗い谷間の時代ではなかった。
講談社、川勝義雄『魏晋南北朝』P4-5
本書ではこうした乱世だからこそ深化させることとなった文化についてやその時代背景を見ていきます。これは隋唐文明を考える上でも非常に重要な視点となってきます。この魏晋南北朝があったからこその隋唐だということがよくわかります。
そしてもう一点、本書を貫く重要な問題提起があります。少し長くなりますが著者の言葉を聞いていきましょう。
輝やかしい暗黒時代ともいうべき逆説的な現象がどうしておこったのか、それは本書に課せられた中心課題であるだろう。(中略)
しかし、おそらくはこの課題と関連するであろう一つの疑問を、私はかねがね抱いている。それは、この長い戦乱の時代に、武力こそは唯一の頼るべきものであったと思われるにもかかわらず、武士が支配階級を形成することは、ついにできなかった、それはなぜか、という疑問である。
この時代の中国社会は、「貴族制社会」だと一般に規定されている。社会階層がいくえにも分化して、家柄がそれぞれの階層に固定化する傾向が強かった。そして、その最上層に位する名門は、代々、教養のゆたかな知識人を出す家柄でなければならなかった。たんに腕っぷしの強いだけの武人では、いかに戦功を立てても、貴族の仲間に入ることはできなかった。貴族階級は武士でなく、教養ある文人であった。長い戦乱時代に、このような社会体制がつづいたことは、まったく驚くべきことだといってよいだろう。
もっとも、武力集団を掌握した武人が新しい国家を建てて、皇帝となることはできた。ことに、華北を席捲したさまざまの異民族は、かれらの武力によって国家を建設し、その首長も有力幹部もまた武人であった。そこでは北族系の武人の家柄が貴族となることもできた。しかし、かれらが漢民族の社会を統治し、その国家を維持してゆくためには、漢族社会における名門、つまり文人貴族層の協力が必要不可欠であった。その協力の過程において、帝室および武人貴族も、しだいに文人貴族層の影響を受けて、文人化するのが普通であった。
このような文人貴族層は国家の興亡をこえて永続した。かれらこそは、この長い乱世に中国の文明を強靭に守りつづけ、それをさらに発展させた中軸である。中国文明の強靭性とは、つまりそれを荷う知識人たちの強靭性に由来する。かれら知識人を支えた漢族社会のありかたに由来する。いわゆる「貴族制社会」というものと深いかかわりをもつのである。
私は、このような観点から、四百年の乱世を生んだもろもろの要因をさぐり、この時代の意味を考えるとともに、その中を強靭に生きてゆく「貴族制社会」の変遷を追跡してみようと思う。
講談社、川勝義雄『魏晋南北朝』P7-9
「貴族階級は武士でなく、教養ある文人であった。長い戦乱時代に、このような社会体制がつづいたことは、まったく驚くべきことだといってよいだろう。」
たしかに言われてみればまさにその通りですよね。戦乱の時代にあっては武将こそ権力を握るかと思いきや中国においてはそう単純な話ではなかったのです。そのメカニズムを本書では丁寧に追っていくのですがこれがものすごく面白かったです。
やはり「良い本は良い問いを与えてくれる」と言われますが、本当にその通りです。これは素晴らしい作品です。私自身、この本を読んで中国史の見え方がまた変わったように思えます。
そしてもうひとつぜひお伝えしたいのが五胡と呼ばれる異民族の存在についてです。
匈奴・鮮卑・羯・氐・羌という5つの有力民族を五胡と呼び、彼らの存在が中国の歴史において非常に重要な意味を持ちます。そんな五胡についても詳しく知れるのが本書のありがたい点です。仏教が中国に根付いたのも彼らの存在あってこそです。漢民族が最初からストレートに仏教を信仰したわけではないのです。
こうした広い視野で中国を学べるのも本書の優れた点です。
いや~とてつもない名著でした。中国史が面白すぎて私自身戸惑っているくらいです。
中国史の入門書としては本書は厳しいかもしれませんが、ある程度おおまかな流れを知った上でこの本を読むと驚くことが満載だと思います。ぜひぜひおすすめしたい一冊です。
また、本書と合わせて次の記事で紹介する顔之推『顔氏家訓』や宮崎市定『中国文明論集』、吉川忠夫『竹林の七賢』もおすすめです。
『顔氏家訓』ではまさにこの魏晋南北朝期を生きた文人貴族の生き様や当時の読書についての金言を聞くことができます。
また、宮崎市定『中国文明論集』ではその書名通り中国文明の様々な側面を知ることができます。「酒池肉林」という言葉の由来となったエピソードや暴君たちの贅沢三昧の分析は非常に興味深いです。
最後の吉川忠夫『竹林の七賢』もまさに魏晋南北朝期の思想文化に重要なつながりがあります。これら3冊も合わせて読むとまた面白い読書になることでしょう。
以上、「川勝義雄『魏晋南北朝』~名著中の名著!輝かしい暗黒時代とは?中国史のダイナミズムを知れるおすすめ作品」でした。
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