
私はこれまで、世界各地を旅しながら様々な宗教や文化について学んできました。
2019年には「宗教とは何か」をテーマに世界13か国を巡り、2022年には「親鸞とドストエフスキー」をテーマにヨーロッパやコーカサス地方を旅しました。
そして2023年から2024年にかけて、ついに仏教誕生の地インドと、仏教国スリランカを巡る旅へと向かったのでした。
私にとってこの旅は、長年続けてきた「宗教を巡る旅」の終着点でもあります。
仏教聖地、ヒンドゥー教の聖地、巨大な遺跡、現地に生きる人々、そしてスリランカの仏教世界――。
そこで私は何を見て、何を感じ、仏教について何を考えたのか。100回を超える旅の記録を、その旅路に沿って紹介します。
第一次インド遠征~ガンジス川の聖地を訪ねて

第一章 ハリドワール~ガンジスの聖地でインドに圧倒される
→ (1)なぜ私はインドに行きたくないのか、どうしてそれでもインドに行かねばならぬのか、それが問題だ。
→ (2)ガンジス上流の聖地ハリドワールへ~ヒンドゥー教巡礼の聖地は想像以上にディープな世界だった
→ (3)ハリドワールの祈りの儀式プージャを体験~巡礼者達の熱気とエンタメ性溢れる祭式に驚愕
→ (4)どうしてインド人は聖なるガンジス川が汚くても気にならないのだろうか~沐浴者の横を流れるゴミにふと思う
→ (5)ハリドワールのマンサ・デーヴィー寺院に神々のテーマパークを感じる~ヒンドゥー教の世界観への没入体験
→ (6)インドで仏教が広まるわけがないと確信した日~ガンジスの沐浴場でショックを受ける私
第二章 インドの洗礼~インドは最後までインドだった
→ (7)ヨガの聖地リシケシへ~ビートルズの滞在で一躍有名になったガンジス上流の聖地を訪ねて
→ (8)初インドで嘔吐と下痢でダウン~インドで体調不良の洗礼を受けた件について。旅はここまでか・・・
→ (9)インドのケンタッキーは辛い!?辛いものが苦手な私にとってインドはスパイス地獄だった
→ (10)インドは最後までインドだった。目の前で起きた交通事故の運転手に度肝を抜かれた最終日
→ (11)なぜ仏教僧侶の私がヒンドゥー教について学ぶのか~仏教聖地を巡ればよいではないかという疑問に答えて
第二次インド遠征~インド中南部の遺跡を訪ねて

第一章 美しきカジュラーホー~性愛と宗教、そして仏教へ
→ (12)第二次インド・スリランカ遠征の始まり~インド中南部の仏跡と仏教聖地スリランカ巡礼の旅
→ (13)「異邦人の目」が旅を面白くする。私はインドで徹底的に異邦人になろうとしたのだが…
→ (14)世界遺産カジュラーホー遺跡群を訪ねて~美しき天女の饗宴!性と宗教について考える
→ (15)インドのシヴァ・リンガ信仰~男根信仰が今なお篤く信仰されるヒンドゥー教の性愛観について
→ (16)なぜインドの仏跡は土に埋もれ忘れ去られてしまったのだろうか~カジュラーホーでその意味に気づく
→ (17)世界遺産サーンチーの大ストゥーパを訪ねて~現存するインド最大・最古級のストゥーパと華麗な彫刻!
第二章 エローラとアジャンタ~圧巻の石窟寺院へ
→ (18)ムンバイ沖エレファンタ石窟の巨大シヴァ神像に感動!ヒンドゥー教彫刻の白眉!
→ (19)人口の40%がスラムの住人⁉ムンバイの高層ビルとスラム街~インドの超格差社会について考える
→ (20)ムンバイの巨大洗濯場ドービーガートを訪ねて~『虐殺器官』の聖地巡りもいよいよ終わりを迎える
→ (21)エローラ石窟寺院の仏像は全身に電気が走るほどの衝撃だった!インドのベストスポットとしてぜひおすすめ!
→ (22)エローラのカイラーサナータ寺院に驚愕!100年かけて岩山を彫り進めた驚異の彫刻建築とは!
→ (23)アジャンタ石窟でインド仏教絵画の最高傑作を堪能!千年間忘れ去られていた驚異の仏教遺跡を訪ねて
仏教聖地スリランカ紀行

第一章 仏教聖地スリランカへ
→ (24)いざ仏教国スリランカへ。3週間をかけて仏教聖地を巡る!日本仏教との違いを感じた日々
→ (25)スリランカの気候は如何?気候と宗教の関係について考えてみた。日本仏教についても一言
→ (26)サッセールワ大仏とアウカナ大仏~知る人ぞ知るスリランカの傑作大仏を訪ねて山中へ
→ (27)スリランカ仏教伝来の聖地ミヒンタレーを訪ねて~聖地の名にふさわしい神話的な世界!
→ (28)スリランカの古都アヌラーダプラ~ブッダガヤ伝来の菩提樹が立つ上座部仏教の聖地を訪ねて
→ (29)なぜ私はスリランカの聖地や仏跡に感動できなかったのだろうか~宗教と「人生の文脈」について考える
→ (30)スリランカの上座部仏教とはどのような仏教なのかざっくり解説~日本仏教との違いについても一言
第二章 北部の街ジャフナへ~仏教と内戦、ナショナリズム
→ (31)平和を説く仏教が内戦の原因に?スリランカ北部の街ジャフナで暴力と宗教について考える
→ (32)スリランカの植民地時代の歴史についてざっくりと解説~ダルマパーラ登場の時代背景とは
→ (33)ダルマパーラとシンハラ仏教ナショナリズム~スリランカ近代仏教の大きな流れとは
→ (34)スリランカ内戦と急速に進んだ仏教聖地復活の背景~シンハラ仏教ナショナリズムと聖地の関係とは
→ (35)ブッダ来島伝説の聖地ナーガディーパ島を訪ねて~スリランカ北部ジャフナ沖の仏教聖地へ
→ (36)菩提樹をもたらしたサッガミッタ尼来島の聖地とスリランカ最北端サッコタイ岬を訪ねて
第三章 古代スリランカ仏教の世界
→ (37)スリランカの世界遺産ダンブッラの衝撃!~私はこの仏跡を決して忘れることはないだろう
→ (38)失われた古都ポロンナルワの仏像に感動!スリランカ彫刻のハイライトがここに!
→ (39)スリランカの象徴シーギリヤロックへ~アジャンタ壁画とも比されるシーギリヤレディを訪ねて
→ (40)アルヴィハーラ~仏典が初めて書写された歴史的な寺院!経典の文字化が後の大乗仏教を生み出した?
第四章 キャンディ~現代スリランカ仏教の中心へ
→ (41)スリランカの古都キャンディへ~散歩に最高な遊歩道を発見!緑と湖、歴史ある美しい街並みを堪能
→ (42)キャンディの仏歯寺でプージャを体験~スリランカの伝統的な仏教とは何なのかについて考えてみた
→ (43)ダルマパーラのプロテスタント仏教とは~スリランカの伝統仏教とも異なる新仏教の存在とその影響
→ (44)スリランカ上座部仏教のシャム派両管長に謁見~仏教について質問させて頂きました
→ (45)スリランカ・キャンディ近郊の紅茶農園と工場を見学~セイロンティーの本場を訪ねて
→ (46)キャンディのペラデニヤ大学で1971年のマルクス主義学生による武装蜂起について考える
→ (47)スリランカには本当にカースト問題はなかったのだろうか~インドとの違いや内戦、宗教との関係は
第五章 スリランカ南部へ~消えた大乗仏教と一大聖地カタラガマ
→ (48)スリランカの奥地に大乗仏教の大仏が眠っていた!スリランカに根付いていた大乗仏教の痕跡を訪ねて
→ (49)なぜスリランカで大乗仏教は滅びてしまったのか~密教の中心地でもあったスリランカ仏教界に何があったのか
→ (50)スリランカで最も人気の巡礼地カタラガマへ~何でも叶えてくれるカタラガマ神への信仰とは
→ (51)ヒンドゥー聖地カタラガマの仏教化と夜のプージャを体験~インドとの違いに驚く
→ (52)中国の「債務の罠」の象徴ハンバントタ港を遠望~スリランカの中心都市コロンボへ向けて出発
第六章 コロンボ~現代スリランカを見る
→ (53)スリランカの大都市コロンボに到着!海辺の美しい景色に感動!その街並みをご紹介
→ (54)スリランカのドストエフスキー!世界的作家ウィクラマシンハを知っていますか?
→ (55)AFP通信社コロンボ支局長にスリランカ内戦や今後のスリランカ情勢についてお聞きしました
→ (56)コロンボ近郊のケラニヤ寺院で満月の祝日(ポーヤデイ)の賑わいを体感!
→ (57)私は「この人」を知っている…!帰国便で知った衝撃の事実。『彼は早稲田で死んだ』のだ。
第七章 旅は思わぬ方向へ!三島由紀夫に掴まれた私は・・・
→ (58)東大安田講堂を訪ねて~あの安田講堂事件は何だったのか。当時の学生紛争について思う
→ (59)やはり三島由紀夫は別格だった!圧倒的筆力にドストエフスキー的黒魔術を感じる
→ (60)三島由紀夫はディズニーランドが大好きだった!?三島はディズニーの何に魅了されたのだろうか
→ (61)三島由紀夫の壮絶な最期!あの日自決現場で何が起きていたのか
→ (62)三島由紀夫の自決現場、自衛隊市ヶ谷駐屯地(現防衛省)市ヶ谷記念館を訪ねて
→ (63)多磨霊園で三島由紀夫のお墓参り~生と死を問い続けた三島に思う
第三次インド遠征~ブッダゆかりの地を巡る旅

第一章 三島に呼ばれてインドへ~最後の旅が始まる
→ (64)インド仏跡巡りへ出発~ブッダの足跡を訪ねる旅。三島に呼ばれた私の最後の旅へ
→ (65)南インドの古都タンジャーブルへ~あまりに巨大!これはスリランカもひとたまりもない!
→ (66)南インドのマドゥライ、ミナクシ寺院でディズニーの宗教性を確信した日
→ (67)インドの象徴タージ・マハルへ~まるで宮殿のような墓とそれを見つめる囚われの王の悲劇
第二章 ブッダの足跡を追って~八大仏跡巡礼の始まり
→ (68)仏教八大聖地の一つ、サンカシャへ~ブッダの天上からの降臨伝説「三道宝階」の地へ
→ (69)インド八大仏跡の一つ、祇園精舎へ~平家物語の「祇園精舎の鐘の声」で有名な仏跡へ
→ (70)祇園精舎近くのブッダ昇天の地へ~ブッダが亡き母に会いに天界に昇った丘
→ (71)ブッダ生誕の地ネパールのルンビニー、マヤ・デヴィ寺院へ
→ (72)ブッダが生まれ育ったカピラヴァストゥへ~ブッダの王宮は意外と小さい?
第三章 ネパールの首都カトマンドゥへ~ヒンドゥー教と独自の仏教世界
→ (73)ネパールの首都カトマンドゥへ~インドとも中国とも違う独特な街並み
→ (74)ネパールのガンジス、パシュパティナート寺院の火葬場で死について考える
→ (75)ネパール仏教の象徴スワヤンブナート~こちらを見つめる目!目がそこにある!
→ (76)日本と同じ妻帯する仏教の存在!ネパールの独特な仏教事情について
第四章 ブッダゆかりの聖地を巡る
→ (77)ブッダ入滅の地クシナガラへ~独特な形の涅槃堂と早朝の聖地。やはり「寺は朝」!
→ (78)ブッダ火葬の地ランバル塚~ブッダは自身の遺骨についてどう考えていたのだろうか
→ (79)世界最大級の仏塔ケサリアへ~ブッダ最後の旅を記念し建てられた巨大遺跡を訪ねて
→ (80)猿王奉蜜の地ヴァイシャーリー~ブッダ逗留の聖地と見事なアショーカ王柱
→ (81)第三結集の地パータリプトラ~「ブッダの渡し」があった場所としても有名なマガダ国の新首都
→ (82)ラージギル(王舎城)でブッダが寄進された竹林精舎へ~その成り立ちや現地の様子をご紹介
→ (83)ブッダ説法の聖地霊鷲山~無量寿経や法華経の舞台となった聖地へ
→ (84)あの玄奘三蔵法師が学んだナーランダー大学へ~インドで私が最も感動した仏跡!
第五章 悟りの地ブッダガヤでの衝撃~私はなぜ聖地に感動できなかったのか
→ (85)ブッダ苦行の地、前正覚山へ~苦行時代を過ごしたウルヴェーラー近郊の洞窟寺院
→ (86)スジャータゆかりの地とネーランジャラー川へ~瀕死のブッダを救ったミルク粥奉納の地
→ (87)ヒンドゥー教徒しか入れない寺院へ!インド屈指の聖地ガヤーで凄まじい宗教的熱気に圧倒される
→ (88)ブッダ悟りの聖地ブッダガヤのマハーボディー寺院(大菩提寺)を訪ねて
→ (89)ブッダガヤは誰のもの?ブッダガヤ奪還運動の歴史とダルマパーラの大菩提会
→ (90)インドの仏教聖地に感動できない私は僧侶失格か。ブッダガヤに沈む・・・
第六章 サールナートからガンジスへ~ブッダと三島、生と死
→ (91)サールナート(鹿野園)のダメーク・ストゥーパへ~ブッダ初転法輪の聖地!仏教教団の始まりはここから!
→ (92)サールナート博物館の至宝アショーカ獅子柱頭とインド仏像の最高傑作「初転法輪像」を堪能!
→ (93)バラナシ、早朝のガンジス川へ~まるで印象派絵画!船上から眺める日の出のガンジス
→ (94)バラナシのプージャは古典的?ハリドワールのエンタメ性溢れるプージャとの違いに驚く
→ (95)三島由紀夫はインドで何を見たのか。ガンジスの聖地バラナシで「生と死」「輪廻転生」を問う
第七章 ガンダーラの至宝『断食仏像』に会いにパキスタンへ!
→ (96)ガンダーラの最高傑作「断食仏像」に会いにパキスタンのラホール博物館へ!あのブッダの目が忘れられない!
→ (97)ラホールの象徴バードシャヒー・モスクと世界遺産シャーラマール庭園!ムガル帝国の傑作を訪ねて
→ (98)衝撃!ラホール・アムリトサルの国境フラッグセレモニー~インド女性のパワーに度肝を抜かれる
第八章 シク教は本願寺蓮如教団と似ている?~聖地アムリトサルの黄金寺院へ
→ (99)インド北部のシク教の聖地アムリトサルを訪ねて~浄土真宗の蓮如教団との共通点?
→ (100)シク教の聖地アムリトサルの黄金寺院へ~水に浮かぶ金色のお堂と瞑想的な空気に感動!
終章 インドで唯一の阿弥陀仏像を求めて
→ (101)ガンダーラと並ぶ仏像発祥の地マトゥラーへ~インドで唯一の阿弥陀仏像を求めて
あとがき
→ (102)インドは旅人に「答え」ではなく「問い」を与える~インド・スリランカの旅は私に何をもたらしたのか
もう一つのあとがき~一年後、再びスリランカへ
→ スリランカと和解すべく再び聖地アヌラーダプラへ~私なりのけじめと仏教への思いについて
この旅で巡ったブッダゆかりの地をもとに、ブッダの生涯をたどる連載も執筆しています。