Mori Sodo, "Mahayana Buddhism in Sri Lanka" - Mahayana took root in Sri Lanka, a country famous for Theravada Buddhism! And the transition of the statue of Avalokitesvara Bodhisattva

スリランカの大乗仏教 Buddhism in Sri Lanka, Nepal and Southeast Asia

森祖道『スリランカの大乗仏教 仏教・碑文・美術による解明』概要と感想~上座部仏教で有名なスリランカに大乗が根付いていた!観音菩薩の変遷も

今回ご紹介するのは2015年に大蔵出版より発行された森祖道著『スリランカの大乗仏教 仏教・碑文・美術による解明』です。

Let's take a quick look at the book.

上座部仏教国スリランカにはかつて大乗仏教が栄えていた!今は忘れ去られた、彼の国の大乗仏教・密教の足跡を、サンスクリット・パーリ・シンハラ語諸文献はもとより、碑文銘文・美術彫刻など考古学資料をも駆使して、その全貌を丹念に浮き彫りにした画期的総合研究。

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スリランカといえば大乗仏教とは全く異なる上座部仏教のイメージがあるかもしれませんが、実はそのスリランカにはかつて大乗仏教が根付いていたのでありました。

本書ではそんなスリランカの大乗仏教を仏像や碑文、文献から考察していきます。

著者はスリランカの大乗仏教とこの本について次のように述べています。少し長くなりますが、スリランカ仏教の流れについてもわかりやすくまとめられた箇所ですのでじっくり読んでいきます。

本書は、少なくともわが国においては、今日なお未開拓の分野として残されているスリランカの大乗仏教に関して、初めて試みた総合的本格的研究の一成果である。

スリランカの大乗仏教は、この国の歴史書の記録によれば、紀元後三世紀初頭頃にインド本土より伝来したのを嚆矢とし、その後、各時代ごとにその時々のインドにおける大乗仏教の展開と趨勢を投影する様な形で、波状的に継続して伝来し、やがて到来した後発の密教も含めて、一時期はそれ相当の教勢を維持展開していたと推定可能である。しかし十二世紀の後半に至って、スリランカ上座部のサンガ自身が粛清再統一された時に、大乗を受容していた上座部の教派が消滅してしまったために、これと融合していた大乗自身もそこで自然消滅的に、少なくともこの国の表舞台では、その歴史を閉じる結果となった。因みに十二世紀後半という時期は、正にインド仏教の終末期と軌を一にするのである。ともかくそこに至るまでのおよそ一千年ほどの長い期間、密教も含めた大乗仏教はスリランカにおいて、その貴重なる歴史を形成し展開したのである。

しかしながら言うまでもなく、スリランカの全仏教史を通じて、その主役であった者は上の大乗仏教ではなく、紀元前三世紀の後半に伝来したインドの小乗部派仏教の一派たる、当時の上座部とその末裔であった。即ち、紀元前三世紀後半より今日に至るまで、およそ二千二百年以上の長きにわたり、スリランカの上座部は幾多の栄枯盛衰の歴史を重ねてきた。この歴史は、今日、現存する如何なる国・地域・民族の如何なる仏教の歴史よりも長く、正に最長である。

さて、この上座部は最初はこの国において、一味無雑に発展していたが、やがて紀元前一世紀の初頭頃に二派に分裂して、従来の教派は大寺派(Mahā-vihāra)、新しい派は無畏山寺派(Abhayagiri-vihāra)と呼ばれる様になった。そして更に紀元後三世紀末には無畏山寺派より祇陀林寺派(Jetavana-vihāra)が分立し、ここに上座部の三派体制が確立した。その大寺派は伝統的な保守派であるのに対し、他の二派はインド本土の仏教諸派とも積極的に交流を重ねた自由開放派であったので、新来の大乗仏教は、この無畏山寺派と祇陀林寺派に受け入れられて、自らの教義信仰、経典彫像などを浸透させていったのである。そしてこの様な上座部の三派体制に大乗仏教も加味された状態はその後も長く継続したが、やがて前述の様に、十二世紀後半の教団改革によって、無畏山寺派と祇陀林寺派とは大寺派に吸収合併される形で統一されて消滅したので、これを契機にスリランカ大乗も歴史の表舞台よりその姿を消したのであった。かくしてその後は今日に至るまで、スリランカの上座部は再び大寺派のみとなり、従って今日現存している上座部の文献も全てこの派の制作伝持してきたもののみとなった。

以上は、スリランカ仏教史の極く概略の説明であるが、これによっても明らかな様に、この国の仏教史は決して上座部(大寺派)のみの歴史ではなく、二千二百年以上に及ぶ長い歴史の約半分ほどの期間は、実は上座部と大乗仏教の併立融合の時代であったわけである。ところが、この重大なる視点が従来は全く等閑視されていたので、その結果、スリランカ仏教史=スリランカ上座部仏教史、スリランカ上座部仏教史=スリランカ仏教史という等号式が、いとも当然のこととして成立し、これを疑う者はほとんど誰もいないという状況である。

そこで本書は、従来、ほとんど無視されてきたスリランカの大乗仏教についての総合的研究の成果を初めて開陳し、スリランカ大乗仏教史をスリラン力仏教史の中の重要なる一章として、これを正当に位置づけることを試みたのである。そしてこれによって、スリランカ仏教史研究はスリランカ大乗仏教史の解明なくしては完成しないという重大なるテーゼを広く認識していただくことを、本書の先ず第一の研究目的とする次第である。

大蔵出版、森祖道著『スリランカの大乗仏教 仏教・碑文・美術による解明』P6-7

ここで述べられるように、スリランカといえば上座部仏教というのが当然視され、大乗仏教の存在はほとんど顧みられることはありませんでした。

そして実際に大乗仏教の流れ自体は十二世紀後半に途絶えてしまうのですが、文化というのは面白いもので「公式には消滅したとしても、形を変えて生き続ける」ということが起こり得ます。

それがこの記事のタイトルにも書きましたように観音菩薩の変遷という現象となってスリランカに溶け込んでいたのでありました。

観音菩薩はそもそも大乗仏教の菩薩です。それが大乗仏教の消滅後スリランカ土着のナータ神と同一化され、スリランカの四大神の一人にまで変身していく流れは非常に興味深かったです。

この本は研究書ということで入門書としてはかなり厳しいです。ですがこの観音菩薩の変遷が説かれる最終盤までぐっとこらえて読み進めるとそれはそれは刺激的な瞬間を味わうことができます。このスリランカの大乗の流れを入門者にもわかりやすく新書などでまとめた本が出るとすればこれはものすごく面白いものになるのではないかと私は思いました。

スリランカの大乗については以前当ブログでも紹介しました馬場紀寿著Buddhist Orthodoxy and Heresy: The Establishment of the Pali Cosmopolis."でも詳しく説かれていますのでまずはこちらを読んでから本書『スリランカの大乗仏教』へと突入するのがおすすめの流れです。

いや~スリランカは面白い!この本も非常に刺激的な一冊でした。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「森祖道『スリランカの大乗仏教』~上座部仏教で有名なスリランカに大乗が根付いていた!観音菩薩像の変遷も」でした。

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