清水俊史『上座部仏教における聖典論の研究』概要と感想~スリランカ仏教、パーリ文献をより深く学ぶのにおすすめの研究書
今回ご紹介するのは2021年に大蔵出版より発行された清水俊史著『上座部仏教における聖典論の研究』です。
早速この本について見ていきましょう。
ブッダゴーサは偉大なる思想家か?それとも傑出した註釈家か?
Amazon商品紹介ページより
厖大な仏典群の中で、唯一、その構成と範囲を明示し得るとされる上座部パーリ三蔵。
古代から中世にかけて、その担い手たちが、どのような「聖典観」を抱いていたのかを、三蔵の形成過程、仏説化理論、書写聖典の位置づけ等、最重要の視座から浮き彫りにす。
私がこの本を手に取ったのは前回の記事で紹介した馬場紀寿著『仏教の正統と異端 パーリ・コスモポリスの成立』でした。
この本を読み、そしてこの本について色々見ていくうちに馬場紀寿氏と本書の著者清水俊史氏の間で学術上の論争があったことを知ることになりました。
しかもその論争は単なる学術上の問題だけでなく、驚くべき事態に発展していたのでありました。
この本の出版において大蔵出版は次のような異例の声明を発表しています。
『上座部仏教における聖典論の研究』に関する声明
このたび、清水俊史氏の『上座部仏教における聖典論の研究』(以下、『聖典論』)が弊社より刊行されることとなりました。本書『聖典論』をめぐってはかねてから、さる先生を中心に異様な盤外戦が繰り広げられ 、間違った情報が意図的に流布されており、出版元である弊社としましても大変困惑しております。正確な状況を説明する必要性を感じましたので、極めて異例のことではありますが、今回、弊社は公式な声明を発表することと致しました。
2016年に『聖典論』の刊行が社内で決定した後、2017年4月に清水俊史氏より「さる先生から自分に研究不正があるとの指摘を受けた」との報告が弊社にありました。それに前後して、弊社に対しても、そのさる先生から『聖典論』の出版を取り止めるようにとの連絡を数度にわたり受けました。
両者の申し立ての後、弊社は、第三者委員会を立ち上げ、複数の専門家に双方の資料を精査していただいたところ、全会一致で研究不正にはあたらないとの結論を得ました。なお、精査いただいたある専門家からは「(さる先生からの)批判は正当ではない」「(さる先生が)指摘するような不正行為はない」と断言され、また別の専門家からは「権威ある肩書を持つ研究者が、自分を批判した若くて立場の弱い研究者の研究不正を言い立て、学術振興会などに告げ口して葬り去ろうとする行為は、フェアでない」との発言もいただいており、弊社としても深く同意するところです。
また、本書をめぐっては、これを焚書にしようとする不正な接触がありました。2017年9月に花園大学で開かれた日本印度学仏教学会の場において、さる先生の消息筋より清水氏に対し「『聖典論』を出版するな。これ以上(さる先生を)批判すると、就職先がなくなるぞ」などと脅迫ともとれる接触のあったことが複数の関係者によって現認されており、弊社としてもこれが実際に起きた出来事であると認めざるを得ません。
さらに、さる先生から弊社に対して行われた出版差し止めの要請も「出版したら書評で清水を潰す。大蔵出版の姿勢も叩く」などと脅迫ともとれる言説や、「清水君が出版をあきらめれば、彼の就職を応援する」などと研究者倫理に反するともとれる内容が含まれていました。第三者委員会の結論に加え、このような諸事情からも、弊社は、さる先生の主張が「研究不正の正当な告発」ではなく、清水氏の名誉を毀損する極めて悪質なハラスメントであり、弊社に対する不当な出版妨害にあたると判断し、『聖典論』出版の決意を新たにしました。
学問の自由を守るべき研究者自身が、その学問の自由を脅かそうとしている事態に、弊社としては憂慮の念を禁じ得ません。今後ともそのような圧力に屈することなく、良質な仏教書の出版に努めてまいりたいと存じます。
読者諸賢におかれましては、ぜひ虚心坦懐に本書をお読みいただきたく願います。『聖典論』は出版前から大変な注目を集める力作であり、弊社が格別の自信をもって世に送り出すものです。そこで示される知見は仏教学の新たな地平を切り開くと確信しております。
大蔵出版株式会社HPより
2021年1月28日
大蔵出版株式会社
これを初めて読んだ時は目を疑いました。こんなことがつい最近に起きていたのかと悲しくもなりました。
この事件の顛末については佐々木閑氏も「〈評論〉ブッダゴーサの歴史的位置づけをめぐる
馬場紀寿氏と清水俊史氏の論争1(序言)」という文章を公表していて、この件に関する経緯や佐々木氏による学術的な解説も聞くことができます(論文タイトルで検索するとすぐに出てきますのでぜひご覧ください)。
出版問題だけでなく学術的な面でもお話を聞けるのは本当にありがたかったです。「さる先生事件」として世間を騒がせたこの問題ではありましたが、私としては学術的な面も非常に興味深く思っていました。『仏教の正統と異端 パーリ・コスモポリスの成立』が非常に面白かっただけに、馬場氏の説を今後どう考えればよいのかはとても気になる問題だったのです。最新の著作である『仏教の正統と異端 パーリ・コスモポリスの成立』に関しては問題なく読んでよさそうでしたので私としてはとてもほっとしました。
さて、本書『上座部仏教における聖典論の研究』を実際に読んでみての感想ですが、たしかに馬場紀寿氏の説に対する批判がなされていました。
そして何よりも私が感じたのは「仏教学の緻密さ」でした。学者さんたちの戦いの場はこれほどまでに徹底しているのかと頭が下がりっぱなしでした。
正直、本書で語られることはかなり専門的で難しいです。初学者が読むようなものではありません。ですが仏教学という研究の場ではこのような研究、討論がなされているということがひしひしと伝わってきます。
スリランカの上座部仏教については参考書自体も稀です。ですがそんな中ここまで本格的な本が出たということそのこと自体にも大きな意義があると思います。大蔵出版さんの並々ならぬ意気込みはそうしたところとも繋がっているのかもしれません。
この本の内容を簡潔にまとめるということは私にはできませんが、私としては充実した読書になりました。全く読めないとか難しすぎるということはありません。論旨も明快で解説や注も豊富ですのでこれからの学びにも大いに役立ちます。とてつもない本だったなというのが私の率直な感想です。
この本の内容自体はほとんどお話しできませんでしたが、色々な面で話題になった作品です。ぜひ皆さんも手に取ってみてはいかがでしょうか。
以上、「清水俊史『上座部仏教における聖典論の研究』~スリランカ仏教、パーリ文献をより深く学ぶのにおすすめの研究書」でした。
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