レーニン、スターリンとは『図説 ソ連の歴史』より

レーニンとスターリン~ソ連を学ぶ

レーニン、スターリンとは『図説 ソ連の歴史』より

今回参考にするのは河出書房出版、下斗米伸夫著『図説 ソ連の歴史』という本です。

この本は書名の通り、ソ連の歴史をたくさんの写真やイラストと共に解説していくものとなっています。この本もソ連史の入門には非常に便利な1冊です。

今回の記事ではこの本を参考にソ連の誕生とその方向性を決定づけたレーニン、スターリンをざっくりとご紹介し、その後で今後のブログの流れをお話ししていきたいと思います。

では、早速始めていきます。

そもそも、ソ連とは

共産党という名の党とソビエト国家による体制をつくったのはウラジーミル・レーニン(一八七〇―一九二四)である。本名はウリヤノフ。ボルガ河畔という一七世紀以来民衆反乱の拠点であった地に生まれ、一八八〇年代末にマルクス主義の洗礼を浴び、革命運動に関与した。彼の思想と行動は、労働者や農民、非抑圧民族の解放と世界革命を掲げ、ある人々には希望を、そして別の人々には反感を与えた。

ソビエトは会議という意味であり、日露戦争後の民主化により繊維工業の中心、イワノボ・ボズネセンスク(現イワノボ)で最初に生まれた言葉である。一九一七年の二月革命によるロシア帝国の崩壊、一〇月革命の結果としてソビエト名の国家体制が生まれた。しかし権力を握ったのは実体的にはボリシェビキという党派であり、一八年に社会民主党働党の分派から共産党へと改称する。世界規模での革命と共産主義というユートピアはまもなく廃れるが、ソビエト国家と共産党(以下支障のない限り党と略)という制度が生まれた。

河出書房出版、下斗米伸夫『図説 ソ連の歴史』P5

ソ連やソビエトという言葉は今でもよく聞く言葉ではありますが、ではそもそもソビエトってどういう意味となると意外とわからないですよね。私もソ連史を学ぶまで知りませんでした。

上の解説にありますように「ソビエト」という言葉は「会議」を意味します。

「会議」を意味する「ソビエト」が後に独裁者による恐怖政治につながっていくというのは何とも皮肉な歴史の流れのように思えます。

レーニンとは

ウラジーミル・レーニン1870-1924

レーニンは1870年、ボルガ河沿岸で下級貴族となった教育官僚の家に生まれた。ロシア人だがユダヤ系やドイツ系、さらにはカルムイク人というモンゴル系の血も流れている。

実兄はナロードニキ派の活動家だったが、皇帝暗殺に関与し処刑された。彼の無神論はこのときの体験に由来する。

カザン大学法学部で学ぶが退学処分。その間シべリアに流刑されていたレーニンはスイスに亡命、ロシア・マルクス主義の父プレハーノフと交わる。その後党は分裂、メンシェビキに対しボリシェビキ派を率いた。

1905年、日露戦争の敗北で帝国は揺らぎ、ソビエトが生まれるなど民主化が始まる。レーニンはスイスに亡命したが、17年、予想もしなかった2月革命が始まったロシアに帰国すると、全権力をソビエトへのスローガン(4月テーゼ)で権力奪取を主張、農民・兵士の支持を集め、10月革命で初代革命政府である人民委員会議議長となった。18年のテロもあり、22年には倒れ、24年1月死去。
※適宜改行しました

河出書房出版、下斗米伸夫『図説 ソ連の歴史』P6

この解説だけでは少しわかりにくいですが、レーニンがいなければソ連はありえませんでした。ソ連史を知る上でこの人物は絶対に不可欠な人物です。恐るべきカリスマと政治力を具えています。

スターリンとは

ヨシフ・スターリン1878-1953

グルジア人革命家、ソ連の政治家。1879年12月21日が公称の誕生日とされてきたが、実際は78年12月6日。グルジアのゴリで生まれ、本名ジュガシビリ、党名は鉄の男の意味。

神学校時に革命運動に関与、1912年にボリシェビキ党の中央委員として民族問題の専門家となる。2月革命時は穏健路線をとるが、10月革命に参加。民族人民委員として19年には政治局員22年から党書記長、29年までに全権限を握りスターリン体制を確立した。

41年には首相兼務、ヒトラーを過信し緒戦で敗北するも戦争を勝利に導き、戦後は世界の社会主義体制の頂点として冷戦の一方当事者となる。53年3月5日没。
※適宜改行しました

河出書房出版、下斗米伸夫『図説 ソ連の歴史』P7

革命家はスパイや秘密警察から身を守るためにいくつもの仮名を持ちます。スターリン(鉄の男)という名はその内の一つであり、本名ではありません。

このスターリンもレーニンに劣らず恐るべきカリスマです。

この解説では割とさらっと彼の人生がまとめられていますが、スターリンは若い時からあまりに規格外です。この後当ブログでも紹介していきますが、この人の生涯は圧倒的です。

今後のブログについて

今回の記事でレーニンとスターリンについてざっくりとお話ししました。

次の記事からレーニンの伝記を読んでいきます。

本の簡単な解説だけで終わらせるだけではもったいないので、備忘録というわけではありませんが、「『レーニン伝』を読む」という形式で記事を書いていきたいと思います。

レーニンやスターリンの伝記は驚くほど面白かったです。そして彼らの生涯を知ることは現代に生きる私たちにも非常に役に立つと思います。

世の中の流れや政治の仕組み、そしてそれを生き抜く彼らの圧倒的なカリスマ、策謀、行動力。また、それに敗れ去っていく人々・・・。

レーニンとスターリンが作り上げたソ連は恐怖政治を生み出し、資料によって違いがありますが少なくとも1000万人以上という想像を絶する数の人々が粛清によって命を落としました。

人間はどこまで残虐になれるのか。戦争は人間をどう変えていくのか。

レーニンとスターリンを知ることは人間の闇とも向き合うことにもなります。

それは一体どういうことなのかは、読めばわかります。

というわけで、次の記事から私と一緒に彼らの伝記を読んでいきましょう。かなり衝撃的で意外な事実がどんどん出てきます。

彼らの生涯を学ぶことはこの現代日本の混乱を考える上で必ず役に立ちます。

引き続きお付き合い頂けましたら嬉しく思います。

以上、「レーニン、スターリンとは『図説 ソ連の歴史』より」でした。

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