プーシキンの四つの傑作小悲劇『吝嗇の騎士』『モーツァルトとサリエーリ』『石の客』『ペスト流行時の酒もり』

ドストエフスキーとロシア

プーシキンの四つの傑作小悲劇『吝嗇の騎士』『モーツァルトとサリエーリ』『石の客』『ペスト流行時の酒もり』

この記事ではプーシキンが1830年に一気に書き上げた4つの傑作小悲劇についてお話ししていきたいと思います。

タイトルにもありますように、プーシキンの4つの小悲劇といえば『吝嗇の騎士』『モーツァルトとサリエーリ』『石の客』『ペスト流行時の酒もり』が挙げられます。

この中でも『吝嗇の騎士』はドストエフスキーの長編小説『未成年』に大きな影響を与えた作品として知られています。

私はこれら4作品を読む前、ドストエフスキーに強い影響を与えたと言われる『吝嗇の騎士』だけを読むつもりでいました。

しかしこの『吝嗇の騎士』を読んでみたらこれが面白いのなんの!

そして何より「小悲劇」というだけあって超コンパクト。

『吝嗇の騎士』でおよそ40ページ。次の『モーツァルトとサリエーリ』では20ページほどしかありません。あっという間に読み終えられる分量なのです。

であるならばせっかくだし他の3作品も読んでみようとこれら3作品に取り掛かったわけですが、これが大正解!ものすごく面白かったのです!

特に『モーツァルトとサリエーリ』は素晴らしすぎます!かなり衝撃を受けました。たった20ページほどで展開されているとは思えない濃密さです。これは驚きです。

というわけでなかなか日本ではあまり紹介されないマイナーな4作品ではありますが、この後の記事ではこの4作品を順に紹介していきたいと思います。

その前にこの記事ではアンリ・トロワイヤの『プーシキン伝』には書かれていましたこの4作品についての解説を紹介します。

 プーシキンの小悲劇は、「危機」の悲劇である。これらの悲劇は、重要な場面だけに切り詰められている。情念の固くて還元不能の核になるまでに、剥かれている。お飾りの人物など一人もいない。伏線など一つもない。結末などない。プーシキンは、五幕分の劇の材料を持っていながら、それを数ぺージで扱うという贅沢なことをしている。しかし、これらの、劇の概要とも言うべきものは、実質がぎっしり詰まっているので、読者の頭の中では、結末まで筋が発展した作品のような完全さを帯び始めるのである。

 四つの演劇的試みのそれぞれに、プーシキンは異なった時代と背景を選ぶ。ボルジノ村に閉じこめられたので、彼は想像によって時空を旅して楽しむのである。こうして、彼の『吝嗇の騎士』は中世を、『モーツァルトとサリエーリ』は「近」代を、『疫病時の酒宴』はイギリスを、『石の客』はスペインを、描き出している。しかし、この一見大きく異なるように早える「見かけ」には、共通の一つの着想がつながっている。ボルジノで書かれたこれらの四つの場面を通して、ただ一つの主要な考えが、彼自身も知らぬ間に、詩人の仕事を導いたように思われる。

プーシキンは三十一歳だ。彼はまさに結婚せんとしている、そうだとも。今が彼にとって重大な時なのだ。自らの来し方を振り返りながら、彼は、人生と向き合って執るべき理想的な態度の規範を、経験から引き出そうと努める。今日までそうしてきたように、あらゆる偶然の誘惑に身を委ね、時間や力や知性を浪費しながら生きてゆかねばならないのだろうか?あるいは習慣に逆らって、運命と闘おうと試みるべきなのだろうか?耐え忍ぶか闘うか?受け取るか差し出すか?それは、プーシキンがそうと知らずに取り組む神の難問そのものである。」
※適宜改行しました

アンリ・トロワイヤ『プーシキン伝』篠塚比名子訳 水声社 P494-495

この解説の最初にもありますように、プーシキンは本来大作になってもおかしくないほどの構想を持ちながらもそれをわずか数ページに凝縮するという離れ業をこの小悲劇で披露しています。

そのため余計な言葉が一切ない、限界まで切り詰められた文章で物語は語られます。そしてその故に彼のテーマである「運命の悲劇」がより凝縮され読者に鮮烈なインパクトを与えることになるのです。

では、早速次の記事からプーシキンの小悲劇を見ていきましょう。

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