本日のお題 「神様と仏様の違いって何?(後編)」

本日のお題 「神様と仏様の違いって何?(後編)」

みなさん、こんにちは。今日でいよいよ3回にわたってお話ししてきましたこのお題もまとめに入ってまいります。

前回では仏教派の蘇我氏が神様を重んじる物部氏を破り、仏教受容の準備が整うところまでお話しさせていただきました。

そして本日のメインは聖徳太子です。

聖徳太子は593年に推古天皇の摂政に就任します。

「聖徳太子は国際人(コクサイジン)」と年号を覚えた方も多いのではないでしょうか。

この聖徳太子こそ日本が仏教国となる基礎を完成させたと言っても過言ではありません。

みなさん、聖徳太子が604年に定めたとされる「十七条憲法」を覚えておられるでしょうか?「和を以て貴しと為す」で有名なこの憲法の二条には次のようなことが書かれております。

「篤く三宝を敬え。三宝とは仏・法・僧なり」

訳すと「しっかりと三つの宝を敬いなさい。三つの宝とは仏と仏法と僧である」となります。

三つの宝の「仏」とはそのまま仏様の意味です。次の「仏法」とは仏様の説かれた教えを指します。最後の「僧」は一人一人のお坊さんというよりは仏教を中心にした共同体全体のことを意味します。この共同体のことを「サンガ」と呼びます。

つまりこの憲法の第二条には「仏様を敬い、仏様の教えの下、皆で仏教を大切にしましょう」ということが宣言されています。

蘇我氏によってすでに日本は仏教を徐々に受け入れる土壌が出来上がりつつありましたが、聖徳太子によるこの宣言によって日本は仏教を公式に国の根幹に置くことを決定的にしました。

こうして仏教は日本に定着するようになり、日本の神様と並んで、インド出身の仏様も日本に根付くことになりました。

そしてその後神様と仏様の区別は徐々に薄れていき、600年代後半には日本の神様は実は仏様が変身していた姿であるという説も現れてきます。この思想は、それだけ神様と仏様の区別があいまいになってきたことを示す一つの事例であると言うことが出来るのではないでしょうか。

まとめ

3回にわたって「神様と仏様の違い」についてお話しさせて頂きましたがいかがでしたでしょうか。

「神様は神社、仏様はお寺」というところから「神様は日本出身、仏様はインド出身」ということを考えてまいりました。そして外来の仏様がいかに日本に根付いたかという歴史を蘇我氏と聖徳太子を通して眺めてみました。

しかし、これまでの記事で述べてきた「仏様はインド出身の神様である」ということも厳密にいえばそうではないという考え方もあります。

というのも、「仏様は神様なのか?」という問いは、世界の各仏教国で2000年以上も激しく論争されているテーマです。そして未だに結論は出ていません。「はたして仏様とは一体何者なのか」というテーマはそれぞれの立場によってそれぞれの見方が出来てしまいます。

ですがだからこそ、その見方によってそれぞれの地域や宗派における仏教の個性が生まれてくることになります。仏教に様々な宗派があるのもそのためです。

今回私は、「仏教が伝来した当時の日本人にとって」仏様は「インド出身の神様」だったという立場から書かせていただきました。

私の記事をきっかけに仏様とは何かということに興味を持っていただけたらとても嬉しく思います。

では、本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

                                  合掌

本日のお題 「神様と仏様の違いって何?(前編)」

本日のお題 「神様と仏様の違いって何?(中編)」

本日のお題 「神様と仏様の違いって何?(番外編)」

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