本日のお題 「神様と仏様の違いって何?(中編)」

本日のお題 「神様と仏様の違いって何?(中編)」

みなさんこんにちは。本日も前回に引き続き「神様と仏様の違いって何?」というお題についてお話しさせていただきます。

前回のお話では、日本人は仏様をインド出身の神様として迎え入れましたが、その受け入れは日本人に混乱をもたらしたというところまでお話しさせていただきました。

さて、前回のラストに登場した蘇我氏という一族。この一族は一体何者なのでしょうか。

蘇我氏は朝鮮から渡ってきた渡来人の技術を積極的に用い、朝廷で頭角を現すようになった豪族です。朝鮮から伝わってきたものは中国の進んだ技術だけではなく、前回も述べたように仏教もこの渡来人から伝えられています。

その渡来人と密接に関わっていた蘇我氏は次第に日本の神様よりも仏様を重んじるようになっていきました。

一方、伝統的な日本の神様を重んじる豪族も日本にはたくさんおりました。その筆頭が物部氏という豪族です。物部氏は神道の儀式を執行する重要な役割を果たしていました。

仏様を重んじる蘇我氏、神様を重んじる物部氏はやがて神様と仏様、どちらが国を守るにふさわしいかという論争を繰り広げることになります。そしてその論争に加えて朝廷での権力闘争も絡み、蘇我氏VS物部氏という対立の図式がここに出来上がります。

そして587年、ついに戦いの火蓋が切って落とされます。この年に用明天皇が亡くなり、次の天皇を誰にするかを巡り両者が戦場で激突しました。

というのもこの当時、天皇はまだ絶対的な権力を持っていませんでした。誰かの後押しがないと天皇として政務を執行することはできない状況だったのです。

となるとその後押しをする人間こそが政治の実権を握るということになります。だからこそ蘇我氏と物部氏は自らが後押しする天皇を何としても立てたかった。それがこの戦いの背景でした。

激戦の後、この戦いは蘇我氏の勝利で幕を閉じます。

その結果、物部氏は力を失い、蘇我氏が朝廷で権力を握ることになりました。この勝利によって日本が仏教を本格的に取り入れていく準備が整っていくことになります。

そしてこの仏教の受け入れを完成させたのが日本史の教科書で必ず登場するあの、聖徳太子です。

日本の文化の流れを決定的に決めたともいうべき事業をこの聖徳太子は果たしていたのです。

今回は仏教受容における混乱についてお話させていただきました。

次回、聖徳太子による仏教受容と、最後に神様と仏様がなぜセットで語られるようになったかのまとめをお話しさせていただきたいと思います。

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

                                  合掌

本日のお題 「神様と仏様の違いって何?(前編)」

本日のお題 「神様と仏様の違いって何?(後編)」

本日のお題 「神様と仏様の違いって何?(番外編)

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