本日のお題 「なんでお坊さんなのに髪があるの?」(後編)

本日のお題 「なんでお坊さんなのに髪があるの?」(後編)

みなさん、こんにちは。今回も引き続き「なんでお坊さんなのに髪があるの?」という問いについて考えて参りたいと思います。

前回は親鸞聖人が比叡山を下りて、京都の街で生涯の師となる法然上人と出会ったところまでお話しさせていただきました。

さて、この法然上人はどのような方であったのでしょうか。日本史や倫理の授業でそのお名前に聞き覚えがある方も多いことでしょう。法然上人は浄土宗の開祖と言われる方でございます。

法然上人についてこの場で語り始めようとすると文字数がとてつもないことになってしまうので、今回もざっくりとお話しさせていただきます。法然上人が説いておられた思想はこのようなものでありました。

「南無阿弥陀仏というお念仏を申せば、どんな人でも平等に救われる。必ず阿弥陀仏が死後に極楽浄土へお連れしてくださる。仏様の前では人は皆平等なのです。」

救いとは厳しい修行をして悟りの境地に達することだと私たちは考えてしまいます。それは当時の時代を生きた人々ならばなおさら強く思われていたことでありましょう。

しかし法然上人は南無阿弥陀仏の念仏一つで人は皆平等に救われると説き、そして自らもそれを実践されていたのでありました。

その教えと法然上人のお人柄に感銘を受けた親鸞聖人は弟子になることを決意します。そして比叡山から京都での生活の日々へと移行し、法然上人の下で仏教を学んでいったのであります。

しかしそんな充実した日々も不意に終わりを告げます。弾圧が始まってしまったのです。法然上人の教えは国家からすると重大な問題をはらんでいました。それは、

「人は皆平等である。そして念仏を称えれば皆救われる」

という教えに原因がありました。当時の国家は年貢をしっかりと納めることは功徳を積むことであり、身分相応に生きることで来世でよりよい生を受けることができる」と農民に教えていました。

つまり、「人は皆平等で、念仏さえすれば救われる」と人々が信じて動いてしまったら、国家は運営できなくなってしまうのです。

この弾圧の結果、法然上人、親鸞聖人は流罪に処され、京都から追放されてしまうのでありました。

そしてここでようやく「なぜお坊さんなのに髪があるのか」という問いの核心に到達します。

法然上人と親鸞聖人はさらに還俗という処分を受けてしまうのであります。

さて、この還俗とは一体何を表すのでしょうか。

それは読んで字のごとく、「俗に還ること」を意味します。つまり、出世間というお坊さんの世界から、俗世間に戻されるという処分であります。

前編でお話しさせて頂いたように、当時のお坊さんは国家公務員でした。俗世間から離れ、寺や山で厳しい修行をするのが任務です。

しかし法然上人と親鸞聖人は還俗という処分によってこの国家公務員の資格を剥奪されてしまったのです。つまり僧籍という正式なお坊さんの資格を奪われてしまったわけです。

しかし親鸞聖人は追放先の越後の地でもその信念の火を絶やすことなく、信じる道を生き続けられました。月日が経ち、追放の処分が許された後も関東や京都でも多くの人と共に南無阿弥陀仏の念仏を広められたとされています。

その親鸞聖人の言葉に「非僧非俗」という言葉があります。これは「僧にあらず、俗にあらず」、つまり「私は僧侶ではない、しかし俗世界の人間でもない」という意味であります。

「正式な僧侶ではなくとも、仏様の道を生きることができる。俗世間にありながらもその中に埋もれることなく仏様の救いを感じて生きることは可能なのだ」という親鸞聖人の信念がこの「非僧非俗」という言葉には込められているのです。

まとめ

さて、いよいよまとめに入っていきましょう。

親鸞聖人の信念、「非僧非俗」。この僧にあらずということが正式なお坊さんではないということでありました。

正式なお坊さんになるには、頭を剃ることが必須条件です。というのも、髪は俗世間を象徴し、それを断ち切ることが正式な僧侶として必要だったからです。

しかし親鸞聖人は正式な僧侶の道ではなく俗世間の中にいてなおかつ仏の道を生きることを選ばれました。

だからこそ私達浄土真宗のお坊さんは親鸞聖人の生き方を習い、「非僧非俗」のあり方を「髪がある」という形で表現しているわけであります。

さて、ここまでお話しさせていただきましたが、改めて答えの確認です。

Q「何でお坊さんなのに髪があるの?」

A「お坊さんではないからです。」

今回はこのお坊さんの髪問題について、お坊さんの国家資格という切り口からお話しさせていただきました。

しかし、このお坊さんの髪問題を問うてみるとき、他にも時代背景や当時の宗教界の思想、あるいは信仰とは何かという問題、さらにはそもそもお坊さんって何なの?という様々な切り口から考えてみることができます。

今回はお坊さんの国家資格という点からざっくりとお話しさせていただきましたが、ここまで読んでこられた皆さんの中には色々な疑問を持たれた方がおられるかもしれません。

もし疑問を持たれたならば、ぜひ身近なお寺さんでしたり本などを通してその疑問と触れ合っていただけましたら私にとって何より嬉しいことでございます。私自身もまた違う切り口からお話しできたらと思っております。

最後まで読んでいただきありがとうございました。           合掌

関連記事

HOME